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フランス
  2013年10月  
 
ローマ
→ヴェンティミーリア
ヴェンティミーリア
→モナコ→ニース
ニース
 

 

Affittacamere Le Logge



イタリアン・リヴィエラの海
曇り空だった



モナコ大公宮殿



モナコの港
すげ~豪華な感じ


モナコの家々
すげ~豪華な感じ



ル・カジノ
ド・モンテカルロ



風景も美しい
 この宿、チェック・アウトが11:00なので、比較的ゆっくりと時間を過ごすことができた。ニースでの待ち合わせ時間は18:00。なので、時間はあるのだ。きっと…(笑)。
 イタリアン・リヴィエラの海を眺めながら、ヴェンティミーリア駅へと歩いていく。駅に着いてチケットを買おうとするけれど、いつもの販売機では買えなかった。そう、次に乗る列車は国際列車なのだ。一応…。

 チケットは窓口で購入。あっという間に、フランスとの国境を越える。ここでフランス警察のパスポート・チェック。どうやら、すべての車両ということではないようだ。偶然に、オリエント伯爵の乗った車両が対象だったようでチェックを受けた。もちろん、なんの問題もナシ。

 無事、イタリア共和国を出国。
 無事、フランス共和国に入国。

 かたち上はフランスに入国したけれど、この入国は列車内にいるってだけのこと。列車は、本日の第1目的地であるモナコ駅に到着した。正確には、モンテカルロ駅というらしい。ここでは、入国に関しての手続きは、まったくなかった。

 無事、フランス共和国を出国。
 無事、モナコ公国に入国。

 「モナコ」という名前は、日本でも知名度が高いと思われる。モナコは独立国であり、その面積は世界で2番目に小さい。1191年、ジェノヴァ共和国は、神聖ローマ帝国からモナコの地を与えられる。1228年、モナコを建設。しかし、1297年、フランソワ・グリマルディがモナコを占領する。
 グリマルディは4年後にモナコを追われる。彼の死後、従兄弟で妻の連れ子だったカーニュ侯レーニエ1世が後を継ぐ。レーニエ1世の子孫が、現在のモナコ公国に繋がる血筋となっている。

 1419年、グリマルディ家は、アラゴン王国からモナコを購入する。その後、ルイ13世の治世下においてフランスの保護国となる。このあたりから、格式を保つために、住民には重税が課されるようなった。
 ナポレオン戦争の結果、モナコはフランスの直接支配を受け、ウィーン会議後は、イタリアのサルディーニャ王国の支配下に入る。1860年のトリノ条約において、サルディーニャ王国は、イタリア統一運動をフランスに支援してもらう見返りとして、サヴォイアとニースの地をフランスに割譲する。これによって、モナコの地もフランス領となる。
 この際、モナコの東側に位置する、ロクブリュヌとマントンは、重税を回避するためにサルディーニャ王国への併合を望む。これに対して、モナコは、ロクブリュヌとマントンをフランスに売却する代わりとして、モナコの主権を回復することに成功した。この売却によって、モナコは、国土の95%を失ったことになる。ちなみに、現在のモナコは所得税非課税国家である。

 そんなモナコに到着した。個人的には、モナコと言えば、モナコGPである。1929年に第1回のレースが開催され、1950年から始まった「フォーミュラ1」のレースに位置づけられ、現在は「世界3大レース」の1つとされる。
 モナコGPは特別なレースである。例えば、表彰式のプレゼンテーターはモナコ大公である。国家元首から勝利を讃えられるのだ。また、主催者は開催権料を支払わなくていいし、看板広告収入も手にすることができることになっている。
 なにより、市街地サーキットのためにコース幅が極端に狭く、コーナーが19もあり(ほとんどがガードレールに囲まれたブライド・コーナー)、ランオフエリアはないに等しく、路面はバンピーで、4000回近いシフトチェンジが行われると言われる。そのため、抜きにくく、クラッシュしやすく、タイヤやサスペンションに高い負担がかかり、エンジン・ブローも起こしやすい。
 モナコGPで強いドライバーは、特別に「モナコ・マイスター」と呼ばれる。有名なところでは、3連勝を含む5勝をあげたグラハム・ヒル、5連勝を含む6勝をあげたアイルトン・セナ、2連勝を含む5勝をあげたミハエル・シューマッハがあげられる。

 そんなモナコGPのコースを歩いてみるのが、モナコ最大のミッションだったりする。そのめたに、約20kgのバックパックと約10kgのサブバッグを、モンテカルロ駅に預けることになる。ところが、モナコには、荷物を預けることろが一切ないらしい…。マジ???
 おそらく治安的なことが原因と思われるのだけれど、おかげてプランは変更を余儀なくされた。どのように変更したかというと…約30kgを持ったままコースを歩くことにしました~。ちなみに1周は3340m。なかなかの散歩コースである…。
 ちなみに、コースの様子は以下のとおり。興味のない人にとっては、完全に“ただの道路”なんだけれど、オリエント伯爵にとっては、そうとうに興味深い散歩となった。

 それにしても、疲れた、疲れた…。そして、この旅で、ここまでの“場違い感”を感じたこともなかった(笑)。ここモナコは、本物の、リッチ・プレイスである。今まで訪れた中で、ダントツでナンバーワンである。

 モンテカルロ駅まで戻って、ニースへと向かう。入国時と同じく各種手続きはナシ。

 無事、モナコ公国を出国。
 無事、フランス共和国に入国。

 待ち合わせ時間には余裕で間に合った。ニースでお世話になるフィリップさんと出会う。フィリップさんは、日本が大好きな方のようだ。日本武術も習っているらしい。ちなみに、フィリップさんの奥さんも習っているらしい。ケンカしたくない夫婦である(笑)。
 夕飯をご馳走になって、ウェルカム・アルコールもご馳走になって、快適なソファー・ベッドも与えてもらった。久しぶりのヨーロッパでのカウチ・サーフィンは、前回と同じように、素敵な思い出をプレゼントしてくれそうである(^o^)!!!
 

 
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