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バチカン市国
 
イタリア
  2013年10月  
 
ドーハ…[空港泊]→ローマ ローマ→バチカン→ローマ ローマ
 

 
 朝起きて、宿の移動を検討する。しかし、立地条件や設備を考えた結果、この宿に留まることにした。宿代は高いんだけどね~。久しぶりのヨーロッパで、チョッピリ贅沢気分ってとこかな(笑)???ああ…所持金が減っていく…。
 さて、宿が決まったところで、観光に出発。ローマは、言わずと知れた観光都市。そして、オリエント伯爵基準の世界遺産の街でもある。更に、バチカン市国という国も存在する。久しぶりの観光だ!!!ちなみに、今日の日記は、左の写真スペースを消している。それは、ローマの街が観光資源に溢れているから。そうなのだ。左のスペースだけじゃ足りないってこと!!!

 まずは、宿の近くのサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂へと向かう。久しぶりの教会は…やっぱり美しいなあ~。続いて、マッシモ宮の外観を見て、サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会へ。共和国広場を通って、トレビの泉へと向かう。トレビの泉は、小さな池だと思っていたけど、予想に反して綺麗なところだった。さすがイタリア。期待を超えてくるねぇ~。続いて、スペイン広場。想像どおり、アン王女には会えなかったけどね(笑)!
サンタ・マリア・
マッジョーレ大聖堂
 マッシモ宮 サンタ・マリア・
デッリ・アンジェリ教会
共和国広場 トレビの泉 スペイン広場

 そこから、テクテクと北に向かって歩き、ポポロ広場へ。ポポロ門を見て、サンタ・マリア・デル・ポポロ教会と、サンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会の内部に入る。ヨーロッパの教会って、ホントに美しいんだよねえ~。個人的には大好き!!!ここから南下開始。アウグストゥス帝の廟は外観のみ。テヴェレ川沿いを歩いて、サンタンジェロ橋を渡って、サンタンジェロ城を外観のみ見学。この城は、ハドリアヌス帝の廟にもなっていて、その後の歴代皇帝の墓として造られたのか最初とのこと。
ポポロ広場とポポロ門 サンタ・マリア・
デル・ポポロ教会
サンタ・マリア・
デイ・ミラーコリ教会(右)
アウグストゥス帝の廟 テヴェレ川 サンタンジェロ橋と
サンタンジェロ城

 さて、ここからバチカンへと向かう。と言っても、イミグレなんかあるはずはない。そんなわけで…

 無事、イタリア共和国を出国。
 無事、バチカン市国に入国。

 で、なんでこんな小国が存在するのかというと…。この国の起源は、なんと8世紀にまで遡る。フランク王国のピピン3世が、他国から奪ったイタリアの領土をローマ教皇に寄進したのである。ここに、「ローマ教皇領」が成立した。なお、ピピン3世は、ローマ教皇の後ろ盾で王に選出されている。
 ピピン3世の後継者はカール大帝である。800年、カール大帝は、ローマ教皇により戴冠されている。これによって、フランク王国は東ローマ帝国からの完全なる独立を内外に示したことになる。843年、ローマ教皇領の後ろ盾だったフランク王国は3つに分裂。東フランク王国は神聖ローマ帝国となり、西フランク王国はフランス王国となった。870年、中フランク王国は東西フランク王国とイタリア王国に再分割された。なお、963年以降、イタリア王国は、事実上、神聖ローマ帝国に併合される。
 この後、ローマ教皇領の後ろ盾は一貫してフランス王国であった。また、神聖ローマ帝国は、ローマ教皇と対立を繰り返すこととなる。1254年、フランス王国が神聖ローマ帝国ホーエンシュタウフェン朝を滅亡させる。これによって、ローマ教皇領は安泰となったものの、フランス王国の力が強まることとなった。この結果、1309年には、ローマ教皇はローマからフランスのアヴィニョンに移されてしまう。この事件は「アヴィニョンの捕囚」と呼ばれ、ローマ教皇によるローマ教皇領への支配力は著しく低下した。
 1796年には、ナポレオンの侵攻によってローマ教皇領は消滅。ナポレオン失脚後に回復を果たすものの、1861年に成立したイタリア王国によるイタリア統一運動の前に再び消滅することになった。その際、決定的な自体となったのは、ローマ教皇領の後ろ盾だったフランスが、1870年の普仏戦争によってプロイセン(現ドイツ・神聖ローマ帝国の後継国)に敗北したことである。
 この後、ローマ教皇は、自らを「バチカンの囚人」と呼び、イタリア政府との交渉を拒否し続ける。両者が和解したのは、1929年、イタリア政府代表のムッソリーニ首相とバチカン政府代表のガスパッリ枢機卿によって「ラテラノ条約」が結ばれてからである。この際、バチカンの独立が認められたのである。

 さて、こんなバチカン。早速、サン・ピエトロ大聖堂に向かう。と、すごい行列ができている…。その行列の長さは、ディズニー・ランド並である。ただ、パッパッと入場できているようなので、列の足は速いようだ。そんなに待つことなく、大聖堂内部に入ることができた。いや~、デッカイですね~。さすが、カトリックの総本山(キリスト教ではホントはこの言葉は使わないような…)ですね~。
 その後、バチカンの市内を歩いてみたかったんだけど、丁重にお断りされた。どうやら、内部には入れないらしい。マジ???そんな規制があるなんて知らなかった。もしかしたら、違う入口があるのかもしれないけれど、とりあえずオリエント伯爵は街に足を踏み入れることはできなかった。なんか、“なんちゃって入国”みたいな感じだなあ~(笑)。
テヴェレ川と
サン・ピエトロ大聖堂
サン・ピエトロ大聖堂 サン・ピエトロ大聖堂内部
サン・ピエトロ大聖堂内部 バチカンの衛兵 入れなかった街の様子

 バチカンを後にすることにした。もちろん、出国にあたっても、なんにも審査等はない。

 無事、バチカン市国を出国。
 無事、イタリア共和国に入国。

 再びテヴェレ川を越えてテクテクと東に向かう。ナヴォーナ広場で噴水を見て、アルテンプス宮の外観を見て、パンテオンを見学。サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会にも立ち寄って、ヴェネツィア宮殿の外観を見ながら、ヴェネツィア広場に到着。今日の観光はここまで!いや~、それにしても、よく歩いたもんだ。足痛い…(笑)。
ナヴォーナ広場 アルテンプス宮 パンテオン
サンタ・マリア・
ソプラ・ミネルヴァ教会
ヴェネツィア宮殿 ヴェネツィア広場
 
 

 
ドーハ…[空港泊]→ローマ ローマ→バチカン→ローマ ローマ
 

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