
ブルームフォンテーン
旧大統領官邸

ブルームフォンテーン
第一議事堂

久しぶりの屋台飯

屋台のオバちゃんと

恒例のウェルカム・ビール

そしてウェルカム・ワイン
でも南アフリカ産(笑) |
南アフリカの誇る「INTER CAPE」社のバスは、快適に南アフリカの大地を北東へと走る。夜明けの車窓からの風景を見ていると、南アフリカという国が豊かな国であることが分かる。
なんの問題もなくブルームフォンテーンに到着。バスを降りて現在地の把握に努める。今のオリエント伯爵には、心強い武器がある。Hiishiiさんから『地球の歩き方』を譲り受けていたのだ。なんだかんだ言っても、やっぱりガイドブックがあると便利!!!んっ?そういえば、この旅でガイドブック持つの初めてだ~(笑)。
バスTでは、何人かにレソトのマセルに行きたいと訪ねてみたのだけれど、誰もオリエント伯爵が求めている答えをくれない。なので、ガイドブックを頼りに歩いてみることにした。なので、途中、ブルームフォンテーンの街をチョッピリだけ見ることができた。
ガイドブックに「治安が悪い」と書いてあるエリアは、やっぱり危険な香りがした。夜だったら歩きたくないね。今は朝なので問題なし。治安といえば、Toroさんがヨハネスブルグで襲われてそうだ。でもね、ヨハネスブルグのスラムに行っちゃ…その勇気、どこから湧いてきたんだ?Kekeさんはマダガスカルで襲われたそうだ。こちらは、バスTから歩いている時だったとのこと。やっぱり、アフリカは怖いところだ…。
オリエント伯爵は無事にバスTに到着。いろんな人に聞いて、マセル行きのミニバスに乗ることができた。久しぶりの1人移動だし、連続して旅友が襲われた直後だし、そうとうに警戒レベルを上げての行動。
車中は、寝たり起きたり。問題なく、ボーダーに到着。第1回目の南アフリカ訪問は、日本人旅人との出会いと再会に尽きる。みなさん、ホントに「サンキュー」でした!!!
無事、南アフリカ共和国を出国。
パスポート・コントロールだけの簡単なチェックを終え、マセル・ブリッジという橋を徒歩で越えてレソトへ。ちなみに、ミニバスは「マセル行き」となっていたけれどボーダーまで。このあたりのいい加減さは、南アフリカといえどもアフリカだという証拠。
レソトでもパスポート・コントロールのみ。ただし、面倒くさいオッちゃん(係官)が絡んできて時間をくった。そういうの、イミグレではいらないんだけどなあ~。
無事、レソト王国に入国。
ここからマセル市街までは乗合タクシーを利用。ポリスのオッちゃんに行きたかを聞くと、親切に教えてくれた。値段も教えてくれた。そのおかげで、ボッタクリを狙ってきた運転手を撃退することに成功!
向かったのは、例のブロガーが泊まった宿(笑)。でも、ひとつ前の『地球の歩き方』にも掲載されているし、Chikiさんからも良かったという情報をもらっていた。
はい、最悪でした~!!!テントの中で、「ファッキン・プレイス」と連呼していました~(笑)。まあ、詳細は割愛しますけれど、どうも例のブロガーとは気が合わないようですね(笑)。『地球の歩き方』から削除されたこと、深く、深く、同意しました!!!
ちなみに、レソトという国は、バントゥー系ソト族の国。ズールー王国によってもたらされたムフェカネ(大壊乱)の際には、防御を固めて居住地域を守りぬいた。「フォールトレッカーズ」によるアフリカーナの大移動からは、イギリスの保護を受けることで、居住地域を守りぬいた。
1868年には、「イギリス領バストランド」として保護領となる。1871年には植民地に、1884年には保護領に戻る。1902年に地方自治での自治が認められ、1959年に自治が認められ、1966年に独立した。
そんなレソト…アフリカに帰ってきた~って感じ(笑)。ザンビアあたりから急速にアフリカ色が薄れ、ケープ・タウンでは、ほぼ感じなかったアフリカ色。レソトでは、バリバリでアフリカ色を感じることができる。正直いって、アフリカ色、もういらないんだけどね(笑)。 |