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この日のマラウイ湖
波打ち際まで下りてみた |
昨日は一人宴だったのに今朝も早起き!!!まあ、テント泊なので寝たのも早いしね。まあ、テント泊なので遅くまで寝てられないしね。そんなわけで、今日も朝からPC作業。
さて、現在滞在しているマラウイ。今まで訪れた国とは、大きく異なる歴史をもっている。もちろん、「異なる」というのは、「アフリカ分割」の過程であることは言うまでもない。ヨーロッパ列強がアフリカに侵略してくる以前の歴史に、大きな差異などあるはずがないのだから…。
歴史的には、マラウイの地にはトゥワと呼ばれる民族が住んでいた。これは、他のアフリカ大地溝帯地域でも同様である。トゥワはピグミーとして知られる狩猟採集の民である。
15世紀末、現在のコンゴ民主の地から、バントゥー系のマラビ族がマラウイの地に侵攻してくる。マラビ族はトゥワを滅ぼしていき、マラビ帝国を建国する。最盛期には、現在のザンビアやモザンビークの地を含む広大な帝国であった。
マラビ帝国には、現在のモザンビークの地に勢力圏を築いていたポルトガルが最初に接触をもつ。時を同じくして、ザンジバルを拠点としていたアラブ人も接触をもつようになる。交易の品は、象牙と鉄、そして奴隷であった。
19世紀になると、南部からバントゥー系のンゴニ族が、北部からバントゥー系のヤオ族がマラビ帝国に侵攻してくる。この2つの民族の侵攻によって、マラビ帝国は急速に衰えていく。マラウイの地は、ンゴニ族とヤオ族の間で争奪されることとなった。
なお、奴隷貿易に関しては、アラブ人商人と強く結びついていたヤオ族が主導権を握り、ポルトガル人からアラブ人へとシフトしていくこととなった。
マラウイの地に深く入り込んだ最初のヨーロッパ人は、スコットランド人のデイヴィッド・リヴィングストンである。探検家であり、宣教師であり、医師であった。奴隷貿易に強く反対した人であり、当時「暗黒大陸」と呼ばれていたアフリカを、ヨーロッパに正確に知らしめた人でもある。
19世紀半ばに行われたリヴィングストンの探検以来、マラウイの地にはイギリス人が商業目的で入植するようになる。その後、1884~85年の「ベルリン会議」を経て、ヨーロッパ列強による「アフリカ分割」は、急速に進んていくことになる。
エジプトから南アフリカまで植民地を縦断させたいイギリスと、アンゴラからモザンビークまで植民地を横断させたいポルトガルの間で、マラウイの地を巡って「英葡危機」と呼ばれる事態が生じる。結果、イギリスがマラウイの地を支配することとなり、1893年、「イギリス中央アフリカ保護領」が成立した。1907年には、「ニヤサランド」と改称された。
1953年、飛躍的な経済発展を遂げた南ローデシア(現:ジンバブエ)の旗振りの下、北ローデシア(現:ザンビア)とともに、「ローデシア・ニヤサランド連邦」が結成された。北ローデシアからの資源獲得、ニヤサランドからの労働力獲得、アフリカ民族主義の阻害を目的とした、南ローデシアにとってのみ都合のいいものであった。
1958年、ヘイスティングズ・カムズ・バンダが帰国し、ニヤサランドアフリカ人会議(NAC)の指導者となる。バンダは逮捕され北ローデシアの刑務所に送られるものの、NACはマラウイ会議党(MCP)となり活動を続けた。1960年には、バンダが釈放されMCPの指導者に就任。
イギリスはニヤサランドに自治権を与えることを約束し、自治領ニヤサランドが成立。1963年2月にバンダは首相に就任する。しかし、イギリスの与えた自治権は不十分なものだった。1963年12月にローデシア・ニヤサランド連邦を離脱。1964年には独立を果たす。初代大統領には、バンダが就任した。
そんなマラウイの朝。今日は風が強いからだろう、マラウイ湖は波が高いようだ。といっても湖なので知れたものだけど…。ただ、波打ち際は茶色く濁っていた。いろんな顔が見れて、それはそれで良かった。
昼食後、今日は波打ち際にてボケ~っと過ごすことにする。ちょっぴりだけ昼寝も♪。そういえば、今日買ったビールの栓がズレていた。そんなわけで、気の抜けたビールだった…。ここはアフリカ、いろんなことに気をつけなければならない地。
次の移動の情報を宿のスタッフに聞いてみる。えっ?目的地までのダイレクト・バスがあるの??昨日、街で聞いたときには、ダイレクト・バスはないって言われたのに…。嘘をつかれたというよりは、きちんと教えてくれなかったという感じだなあ~。ここはアフリカ、いろんなことに気をつけなければならない地。
ダイレクト・バスがあることに気を良くしたオリエント伯爵。明日の移動を決定。ただし、このバス、事前にチケットを購入することはできないようだ。当日にバスの中でチケットを購入するタイプ。もちろん、座席指定などない。6時くらいに行くのがベターだねって、宿のスタッフも言っていた。オリエント伯爵もそう思う。
夕食を食べて、昨日買ったジンを飲みながら動画を見て過ごす。マラウイ湖畔でのテント泊。思った以上に、ユックリすることができた。宿のクオリティは、けっして高いとはいえない。
サイトは微妙に傾斜している。シャワールームは2つあるけど、1つは外から丸見え、1つは鍵がかからない。ホット・シャワーと書いてあるけれど、夜に浴びた限りでは間違いなくコールド・シャワーだった。
宿には現地の人が遊びに来るようで、なんだかんだと話しかけてくる。当然に、中には、タカリ目的の奴もいる。ユックリしたいときには、相手をするのが面倒くさく感じるときもあるのは事実。
ただし、シャワーがホットじゃないのは、このあたりではふつうのコトである。滞在者が1人だったこともあり(経営は大丈夫なのか?)、鍵がかからなくても気にならなかった。現地の人には、きちんと「今はユックリしたいから」と言えば、必要以上に絡んでくることもなかった。なによりも、マラウイの人は、なかなかに綺麗好きのようで、頻繁に掃除をしていたので、それなりに(笑)は清潔感があった。1泊が600MWK(約180円)という価格(テント泊)を考えれば、十分に満足できる宿である。 |
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