
SHAMMAH HOTEL

ブルンジの
イミグレーションからの道は
“ザ・アフリカ”って
感じの道だった
それにしても
イミグレーション間の距離
遠すぎるだろ(笑)

ウエルカム・ビール
あくまでも
体調と相談しながらの
アルコール飲料摂取 |
*昨年の今日と同内容の記事を冒頭に掲載させていただく。
本日、8月15日は「終戦記念日」である。「終戦記念日」という言葉に対して、ご意見をおもちの方もいるようである。しかし、オリエント伯爵としては、戦争が終わったこと(=平和が訪れたこと)を記念する日があることを、なんら不自然には思わない。よって、「終戦記念日」という言葉を使うことにする。
ちなみに、オリエント伯爵の父方の祖父は満州戦線に送られ、母方の実祖父はニューギニア戦線に送られ、母方の義祖父は特攻隊員だった。父方の祖父は病気帰国。母方の実祖父は戦死。母方の義祖父は出撃前に終戦を迎えたそうである。
第二次世界大戦で亡くなられた、すべての国の方々のご冥福をお祈りするとともに、再び世界大戦が起こらないことを、そして、どんな小さな紛争も世界に存在しなくなくなることを祈念してやまない。
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ルワンダおよびブルンジでの記事で、「ツチ族」と「フツ族」という記述をしてきた。現在、両者の民族的相違はほとんどないことから、「族」という文字を付けずに、「チツ」と「フツ」と記述することが一般的となっている。
本日記では、あえて「族」という文字を付けて記述するとともに、最後になって真意を明らかにさせていただいた。その理由は、当時のベルギーの愚策を強調し、歴史には間違いが多く存在することを強調したく思ったからである。そして、そういったことを知らないでいることが、多いことも伝えたかった。「族」という文字に違和感を覚えた日本人が何人いるのか…。世界には知らないことがたくさんある。もちろん、自分も含めてである。 |
今日で、ブルンジともお別れである。ホント、見事なまでに何もしなかった国である(笑)。再三繰り返しているように、これには体調不良という要素が大きいことは確かである。
早朝5時に起き、5時半には宿を出る。タクシーでバスTまで移動。早朝でも、ブジュンブラの街は、あまりイイ雰囲気ではない。ナイロビのダウンタウンよりも、分かりやすい感じの危険なニオイがする。
バスTに到着。途中、宿探しで困った理由の1つ、ネット情報の不正確さが明らかになる。私感ながら、ネット上に宿の行き方の情報を上げる場合、その目的はなんだろうと考える…。おそらく、後の旅人のためになることを目的としているのではないか。それならば、その記述を読んだ人間が確実に到着できるような配慮が必要だと思われる。しかし、実際には、そうした配慮が足りない記述が多いのだ。そうなると、自己満足なのかなと思ってしまう。というか、思っている。そんなこともあって、この日記では、基本的には、宿の行き方については情報を提供していない。不特定多数の方に、そこまでの責任を負うのは難しいからである。
当然に、バスTにはバスは到着していなかった。だって、アフリカだもんね~。待つこと30分くらいだろうか、ハイエース型のバスがやってきた。Taiさんが1番最初、オリエント伯爵が2番目にチケットを購入したので、2人でフロントシートに乗ることができた。
ジャンケンで負けたので、オリエント伯爵は真ん中の席。この席が、思っていた以上にキツかった~。でも、後ろの席よりは、100倍マシであったようだ。だって、信じられないくらいに、どんどん乗客を乗せていったからね(笑)。そう、ここはアフリカ…。
ブルンジという国も、なにに感謝していいのか良く分からない…。いやいや、そんな国だってあるんだろうなあと頭では思っていても、一抹の淋しさは拭い切れない。ブルンジについて思い出せるイメージって、治安が悪い、宿代が高い、独自のビール会社がない、蚊が多い、英語が通じにくい…。こりゃ、淋しくもなるわな…(笑)。
少しずつ、道は悪くなっていく。ここで、唯一、ブルンジに感謝できそうな要素を発見。右手に見えるタンガニーカ湖が綺麗だった。良かった、良かった(笑)。そんなわけで、綺麗な景色が見れたことに「アサンテ/メルシー」。
やっと、ブルンジのイミグレーションに到着した。出国手続は、理由不明ながらも時間がかかる。おそらく、仕事のスピードの問題かと思われるのだけれど…。あるいは、賄賂要求のポイントを探していたようにも思える…。ちなみに、カスタムはナシ。
無事、ブルンジ共和国を出国。
イミグレーションのある集落でBIFを使い切る。久しぶりに、現地通貨同士の両替をしないことにしたのだ。ウガンダ、ルワンダ、ブルンジと続いた、良くない雰囲気を一掃したかったという「ゲン担ぎ」の意味が大きかった。
ここから、国境まで長~い悪路が待っていた。それでも、ソマリランド西部やケニア北部やウガンダ北部と比べれば、格段に“イイ道”であるのは間違いない(笑)。いきなり、舗装道路になったと思ったら、タンザニアのイミグレーションに到着。このあたり、イギリスとベルギーの差なのか、タンザニアとブルンジの差なのか…。おそらく、両方の要素が原因だろうなあ~。
イミグレーションでは、終始友好ムードだった。特に、Taiさんは、ボスに気に入られたようで、普通は1週間の期限しかないトランジット査証なのに15日間の期限となっていた。良かったね!!!ちなみに、オリエント伯爵は、ここタンザニアで療養の必要ありと判断。素直に、3ヶ月有効のツーリスト査証を取得した。カスタムは、ここもナシ。
無事、タンザニア連合共和国に入国。
ここからの道は、比較的快適だった。やっぱり、“差”を感じるなあ~。バスTに到着。目星をつけていた宿は、キゴマ駅の近くにある。というわけで、移動しなければならない。問題なのは、Taiさんも、オリエント伯爵も、現地通貨であるTZSを持っていないということである(笑)。
聞くところによると、5キロくらい離れているらしい。歩いて行くのが困難と判断したのなら、タクシーやバイタクに乗って、途中、ATMに寄ってもらうのが、こうした場合の王道である。
ところが、Taiさん、「ヒッチしましょうよ!」なんてことを言い出す。アフリカに疲れていて、体調不良が継続しているオリエント伯爵にとっては、“世迷い言”としか思えない発言である(笑)。しかし、これが驚きの展開となる。なんと、Taiさん、ヒッチに成功したのだ。スゲェ~!!!
こうして、無事に、キゴマ駅に到着することができた。さて、ここから宿は近いはずである。そう、ネット情報によると…。やっぱりか…。宿なんか、まったくないじゃんかよ(怒)!!!
オリエント伯爵の体調不良は、そうとうに進行してきたらしい…(笑)。もちろん、気持ちの問題もデカイ…。またまた、キゴマ駅まで戻ることにする。ここでも、Taiさん、ヒッチに成功。やっぱり、あなたは、スゲェ人ですね!!!
ここで、体調不良のオリエント伯爵は荷物番をすることにして、手ぶらになったTaiさんが宿を探しに行く。30分くらい待っただろうか、Taiさんが宿を見つけてきた。はい、ネット情報では、絶対に辿り着けない場所にありました。
人それぞれが考えることなので、別にイイんだけど…。今回参考にしたけれど参考にならなかったのは2つのネット情報。1つは、1年ほど前にアフリカをグルっと回った人のもの。1つは、夫婦で世界のすべての国と地域を回ったもの(実際には、旦那さんだけが、以前の旅も含めて、すべての国と地域を回っている)。そういえば、この2つのネット情報、マイナーな地域もカバーしているので、けっこう参考にしているのだけれど、何度も煮え湯を飲まされているなあ…(笑)。
ようやく、宿にチェック・イン。ATMで現地通貨をゲット。そのまま夕食を食べて、ウエルカム・ビールを飲んで、宿に戻る。完全休養宣言のオリエント伯爵。ここキゴマには、一定期間滞在するつもりである。そんなわけで、Taiさんとは、ここでお別れとなる。
宿に戻って、ノンビリと日本のドラマなんか一緒に見て、21時半には眠りにつく2人。さあ、タンザニアの地で、良くない雰囲気を一掃できるのか!!!それは、誰も知らない!!!そして、結果的に、一掃できるのは自分しかいないのである!!!「負けるもんか」!!! …(笑) |