世界旅HOME   東アフリカ   ブルンジ   2013年8月  
 
キガリ→ブジュンブラ ブジュンブラ ブジュンブラ→キゴマ
 

 

昼食も宿のレストラン
ビュッフェ形式

しかし
おかわりはナシ

こういうビュッフェ形式も
世界(アフリカのみ?)には
存在する
 この日の予定は特になし。それにしても、ブルンジという国もまた、どうしようもない印象が強い。まずもって、宿が高い。で、値段交渉をするのだけれど、理論が無茶苦茶である。
 例えば、今、Taiさんとシェアしているのは、ダブル・ベッドの部屋である。まあ、ベッドが2あればいのだけれど、そんな部屋はないと言われたので、このタイプの部屋にしたのだ。
 で、スタッフの理論は、ダブル・ベッドの部屋は、普通はカップルが使うそうだ。その際は、45USDなのだそうだ。ところが、Taiさんとオリエント伯爵は、カップルではなく友人だ。そうなると、価格は55USDとなるそうだ。あんた、いっぺん、頭の中、洗剤で洗った方が良いよ。
 まあ、そんなことが、いくつもあるブルンジの宿。この日の朝は、今日の分の宿代を現地通貨で支払おうとしたTaiさんに、昨日とは違うレートを提示してきやがったようだ。で、周りにいたブルンジ人も、レセプションの人間に加担しだしたようだ。ブルンジ…頭の悪い人間が集まる国のようだ…。

 この日も、体温は37度台。そんなわけで、心身ともに、芳しくない状況は、まだまだ続くようである…。マジで、アフリカ、早く脱出したいなあ~。次の国に行ったら、少しは、事態が改善するかな~。いや、するわけがないな…(笑)。
 本当は、こんな体調なので、あまり移動したくない。しかし、ブルンジという国は宿が高い。しかし、移動を急ぐには、もっと切実な理由が存在する。ブルンジには3日間しか滞在できないのだ!!!それで、査証費用が40USDというのだから驚きである…。

 昼食前に、Taiさんは軽く街歩きに出かけた。オリエント伯爵は、あいかわらずの体調不良のため宿で過ごす。昼食も宿のレストランで食べることにする。
 今日は、日本代表のサッカーの親善試合がある。時差の関係で、ブルンジでは昼過ぎにキック・オフとなる。この宿、値段が高いだけあって、部屋でもWiFiが使えるというアフリカらしくない一面をもっている(笑)。
 昨日の夜は、普通のスピードだったのだけれど、昼になると、スピードはガクッと遅くなっていた。どうやら、従業員がネットで楽しんでいるのも原因の1つのようだ。やっぱり、アフリカらしい…。
 そんなわけで、サッカーの試合をネット観戦することはできなかった。こんなときに、「あなた方は従業員。客のことを優先的に考えるのが常識でしょう」なんて言っても通じない。そんな価値観なんか存在していないのだ。
 まあ、これはアフリカに限ったことではない。というか、世界の中で、このような価値観が存在するのは、日本を含めた、ごく少数の国だけである。面積にしても少数派、人口にしたら少し巻き返す。でも、GDPや、医療水準や、識字率なんかになると、逆転する。まあ、そういうことである…(笑)。ホント、世界って興味深い…(笑)。←笑うしかない…。

 さて、ブルンジという国、ルワンダと似た歴史をもっている。ドイツ領となり、第一次世界大戦後にはベルギー領となる。ただし、1962年の独立時に、ルワンダが王政を廃したのに対し、ブルンジは王政を維持したまま独立した。
 しかし、1966年、王政は廃され、ツチ族のミシェル・ミヒンベロが初代大統領となる。このあたりも、ツチ族の王政廃止の後、フツ族が政権を担ったルワンダとは異なる。ミヒンベロは、民族進歩連合による一党独裁体制を敷き、多数派のフツ族を徹底的に弾圧する。1972年、国外に逃れていたフツ族を中心とする反乱の際には、フツ族が約1万人のツチ族を虐殺し、報復としてツチ族が約10~15万人のフツ族を虐殺したとされる。こうした、ツチ族とフツ族の対立構造はルワンダと同じであり、その原因がベルギーの植民地政策にあるのも同じである。
 1976年、ツチ族のジャン=バティスト・バガザがクーデターを起こし権力を掌握。独裁体制は続き、ツチ族優遇政策も続いた。1987年、無血クーデターにより、ツチ族のピエール・ブヨヤが大統領に就任。ブヨヤはブルンジの大統領としては、初めてツチ族とフツ族の融和を推進した。しかし、この政策にツチ族の強硬派が反発、約2万人のフツ族を虐殺したとされる。

 1993年、ブルンジでの初の民主選挙の結果、フツ族のメルシオル・ンダダイエが大統領となる。しかし、就任から3ヶ月ほどで、クーデターに巻き込まれ暗殺される。ブルンジ内戦の勃発である。暫定大統領には、首相だったツチ族のシルヴィ・キニギが就任。ブルンジ初の女性元首となった。
 ブルンジ内戦は沈静化の方向に向かい、1994年には、フツ族のシプリアン・ンタリャミラが大統領に就任した。しかし、2ヶ月後には、ルワンダ大統領のハビャリマナとともに、搭乗していた飛行機がミサイルによって撃墜され暗殺。
 後任の大統領には、フツ族のシルヴェストル・ンティバントゥンガニャが就任。ツチ族とフツ族の民族融和を図るものの、隣国ルワンダの政情悪化の影響もあり、ツチ族が主体である国軍を掌握することができずに、ブルンジ内戦は報復合戦の様相をていするようになる。

 1996年、ツチ族のブヨヤがクーデターで再び大統領に就任。国際連合もアフリカ統一機構も、この政権を認めずに、ブルンジに経済制裁が発動される。しかし、ブルンジ内戦は終結の方向に向かいだし、1997年には経済制裁は緩和され、周辺国も巻き込んで和平への道が模索されるようになる。
 2000年、タンザニアのアルーシャで、ブルンジ政府、ツチ族、フツ族の各勢力が和平協定に調印。内戦終結をめざす暫定内閣がつくられることとなった。協定に基づき、2003年には、副大統領だったフツ族のドミシアン・ンダイゼイエが大統領となる。2005年には、総選挙が実施され、フツ族のピエール・ンクルンジザが大統領に就任した。
 唯一、和平協定に反対して武装闘争を続けていたフツ族系反政府組織の民族解放軍(FNL)も、2006年には停戦合意、2008年には政府との和平合意に調印した。こうして、ブルンジ内戦は、完全に終結したのである。今から5年ほど前の話である…。

 さて、旅日記。体調不良が再び悪化してきた。Taiさんの診断により、抗生物質をいただき投与することにした。で、ひと眠りすることにする。それにしても筋肉が痛い…。腰から下が、無茶苦茶に痛い…。もう、足なんか一度切り裂いて筋肉を水で洗浄したいくらいに痛い…伝わらないかもしれないけれど(笑)。
 体調不良もあって、夕食も宿のレストラン。昨日と同じメニューを選択した。さあ、明日は、こんな体調の中で移動である(笑)。そう、もう、笑うしかないのだ!!!アフリカ、マジで、キツいぞ~!!!
 

 
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