
JOSI GUEST HOUSE

こんな感じで
白ナイル川から
生活用水を汲んでいる
もちろん
未消毒である

深いジャングルを抜けると
ウガンダとの国境


国は変わっても
とんがり帽子の家は
変わらない
というか
言語的にも民族的にも
国境の方が不自然なのだ


来るときに通ったから
知ってるんだけど
それにしても
国境からの道は悪路だなあ

親切な
エチオピア人マネージャーの
おかげでゲットできた
夕食とウエルカム・ビール |
無事に早起きに成功。で、昨日下見をしておいた場所まで歩いていく。無事に、バスに乗り込むことに成功。実は、今日のスタッフ、オリエント伯爵がジュバまで来る時のスタッフと一緒だった!
昨日、チケットを買いに行ったとき、「おっっっ〜!」って感じで声がかかり、「なに、明日カンパラに行くのかよ。俺達と一緒だぜ!」ってな感じになっていたのだ。
まあ、このあたりをバスで移動するアジア人なんて珍しいだろうし、覚えられていても不思議はない。更に、ナイロビでバスに乗り込む時の行動は、周囲のアフリカ人の印象に残っていとしても不思議はない…。そうだよね、KmEさん(^o^)!!!
そんなこんなで、アットホームな感じで、カンパラへの移動は始まったのだ。今回は、一番最初にチケットを買ったので、運転席のすぐ後ろという特等席。
ちなみに、やっぱり、バスは遅れて出発。1時間の遅延…まあ許容範囲なんだけれど、絶対に、これじゃ済まないと思うんだよなあ…。予定では18時に到着って言ってたけれど、行きの所要時間を考えると、到着時間は23時という恐ろしい時間になるんだけど…。
バスは3時間ほどで国境に到着。おっと、行きよりも1時間早いではないか!これで、最初の1時間の遅延は取り戻せたね!!!この国を訪問した収穫を考えると難しい…。誰に感謝していいかもわからない…。おそらく、この国を見ることができたということが、訪問の一番の収穫だった気がする。漠然と…「サンキュー」…。正直、よく分からない…。
無事、南スーダン共和国を出国。
無事、ウガンダ共和国に入国。
さて、今回のウガンダ入国は、通り過ぎるだけではない。いくつかの都市に滞在する予定である。というわけで、独立後のウガンダについて、少しばかり書いてみる。
ウガンダの独立は1962年、その後、1966年にウガンダ人民会議のミルトン・オボテが、クーデターを起こし終身大統領に就任する。オボテは社会主義独裁体制を樹立する。
しかし、1971年、軍参謀総長のイディ・アミンが、クーデターを起こし独裁体制を樹立する。オボテが社会主義路線をとったため、当初は西側諸国からクーデターは好ましい出来事とされた。
権力を握ったアミンは、オボテ派の弾圧、インド人入植者の追放、国民30万人(40万人という説もある)の虐殺を行う。特に、虐殺の事実から、アミンは、「黒いヒトラー」、「最も血にまみれたアフリカの独裁者」と呼ばれた。
1978年、隣国のタンザニアに侵攻するものの、反対に敗れることとなり、首都カンパラまで攻めまこまれた。1979年、反体制派のウガンダ民族解放戦線(UNLF)に攻撃されて失脚。大統領には、オボテが返り咲くこととなった。
部族間の対立が残るウガンダでは、ランゴ族とアチョリ族を支持基盤とするオボテに対して抵抗が続くことになる。そもそも、ウガンダ北部に住むランゴ族やアチョリ族はナイル系であり、ウガンダ南部に住むブガンダ族はバントゥー系なのである。
民族的なことを考えるならば、ウガンダ北部と南スーダンとダルフールとケニア西部を1つの国にして、ウガンダ南部とルアンダとブルンジを1つの国にした方が良いのだ。ここにも、ヨーロッパ列強による負の遺産の影響を感じることができる。
こうして、内戦に明け暮れることになったウガンダ。1985年、政府内の権力争いによりクーデターが起こり、バジリオ・オララ=オケロとティトー・オケロが権力を掌握した。権力の掌握者が変わっても、内戦が止むことはなかった。この内戦で、国民抵抗軍(NRA)を率いて、政府軍であるUNLFと戦ったのが、ヨウェリ・ムセベニである。1986年、ついにムセベニは首都カンパラを制圧。大統領に就任した。
しかし、この後も、ウガンダ北部では「神の抵抗軍(LRA)」が暗躍している。このLRAは、政治的思想をもった集団ではない。たんなる、虐殺集団である。つまり、人を殺したり、人を誘拐したり、人の困ることをすることが目的なのである。また、ウガンダとルアンダおよびコンゴ民主との間にも、大きな国際的障壁があるとされている。こうした数々の問題を抱えているのが、ウガンダという国なのである。
で、結局、バスは23時に到着…。マジかいな…。現地通貨をまったく持っていない中での夜の到着。しかも、ここはアフリカ。もう、どうにでもして〜って感じ。
まあ、自分で、どうにかしなきゃならないので行動することにした。まずは、バスのスタッフに宿の近くで降ろしてほしいと交渉。この交渉は失敗に終わったものの、なんとオッちゃんのポケット・マネーで、バスを降りたところから宿までバイタクで移動できることになった。やっぱり、高級バス会社は違うねぇ〜!!!もちろん、行きと帰りの移動で、オッちゃんと仲良くなっていたことは言うまでもない。
宿に到着。ここに宿泊決定。ウガンダで再会予定のTaiさんは、今日の昼間に出発したらしい。で、数日後に、ここに戻ってくることになっている。それまで、再会はお預けだ!
宿のマネージャーに現地通貨がないことを伝え、ATMに行きたいと伝える。すると、「ノット・セーフ」という答えが返ってきた。えっ、マジですか…???
カンパラは比較的安全と聞いていたのだけれど、そんなことはないらしい。なんせ、地元に住んでいる人が言っているのだ、信憑性は高いと判断すべきだろう。
このマネージャー、なんとエチオピア人。で、このマネージャーが、無茶苦茶に親切だった。宿代を待ってくれたのは他でもあることだけど、なんと夕食用にお金を貸してくれたのだ。あなた、ホントに、エチオピア人なんですか〜!!!
更に、夕食の買い出しに行くときには、夜の一人歩きは危ないと従業員に一緒に行くように言ってくれた。で、この従業員が、ウガンダ北部の人で、「今日、通ってきたよ!」と言うと、その話で盛り上がる。
こうして、無事に、夕食をゲットすることができたオリエント伯爵。なんと、宿ではビールも売っていたので、ウエルカム・ビールを飲むこともできた(笑)。
部屋はドミトリーと言っても、4ベッドにオリエント伯爵1人だけ。お湯じゃなくて水だけど、清潔な水でシャワーを浴びられる幸せ!清潔な水で歯を磨ける幸せ!これで、部屋に電源があって、宿にWiFiがあればいいんだけどなあ〜(笑)。そうなると、お湯のシャワーも欲しくなるだろうなあ〜(笑)。そうなると、シャワー室やトイレを、綺麗にしてほしくなるだろうなあ〜(笑)。人の要求というのは、高まっていくものなんですね! |