世界旅HOME   東アフリカ   エチオピア   2013年6月  
 
バハール・ダル→ラリベラ ラリベラ ラリベラ→ウォルディア
 

 
↓ラリベラの岩窟教会群↓



Bet Medhane Alem


Bet Meskel








Bet Maryam






Tomb of Adam




Bet Giyorgis


Bet Gabriel-Rafael


Bet Amanuel


Bet Merkorios
 さて、オリエント伯爵基準の世界遺産へと向かうことにしよう。ちなみに、久しぶりに「オリエント伯爵基準の世界遺産」について再確認。世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された、「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)」に基づいてリストに登録された物件のこと。日本が条約を批准したのは、1992年で125番目。先進国で最後の批准だった。
 現在では、ほとんどの国が条約を批准しており、分布に偏りはあるものの、世界遺産は世界中に存在している。更に、毎年開催される世界遺産委員会によって、物件数は増え続けている。このような状況のために、すべての世界遺産を訪れるということは非常に難しい。
 そこで、オリエント伯爵の旅では、20世紀(2000年)までに登録された物件に絞ることにした。それでも、すべての訪問は難しいために、10項目ある世界遺産登録基準に着目した。登録基準項目のうち、「1.人類の創造的才能を表現する傑作」と「7.ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの」の2つに絞って訪れることにした。これが、「オリエント伯爵基準の世界遺産」である。まあ、それでも、すんごい数なんだけどね…(笑)。

 今回訪れた「ラリベラの岩窟教会群」は、登録年が1978年、登録基準項目が「1」「2」「3」なので、文句なしに、オリエント伯爵基準の世界遺産となる。早速、評価をすると、観光地としての「ラリベラ岩窟教会群」の評価は、「★★★★☆」である。
 約900ETBという、信じられないくらいに高額な入場料が大きなネックであるものの、エチオピアという国をキリスト教国という視点から見るためには外せないと感じた。ちなみに、900ETBあれば、この国で一般的な330mlの瓶ビールが90本飲める…。もちろん、エチオピア人は無料で入場できるんだけどね。まあ、現役の宗教施設なので、それは納得できなくもない。

 エチオピア宗教人口は、エチオピア正教会徒が約半数を占めるとされている。エチオピア帝国ではエチオピア正教会が国教であったけれど、現在は政教分離政策が採られているために国教は存在しない。
 エチオピア正教会は、エチオピアで独自に発展したキリスト教であり、サハラ以南では独立前から存在する唯一のキリスト教である。シリア正教会、アルメニア正教会、コプト正教会(エジプト)、インド正教会などと一緒に、東方諸教会・非カルケドン派に分類される。なお、エチオピア正教会が1959年に独立協会となるまでは、コプト正教会の一部であった。

 この地にキリスト教が広まったのは、アクスム王国の治世であったと考えられている。アクスム王国は、現在のイエメンから紅海を越えてやってきたセム語系のサバ人によって建国されたとされている(異説あり)。アクスム王国は強大であり、最盛期には、現在のイエメン、スーダン北部、エチオピア北部、ジブチ、ソマリランドを領有した。ちなみに、スーダンのピラミッドをつくったといわれるクシュ王国を滅ぼしたのは、アクスム王国である。
 325年(328年とも)、アクスム王国は多神教信仰に代わり、キリスト教の一派であるコプト正教会を受容したとされる。7世紀になると、イスラム帝国に圧迫されるようになるものの、アクスム王国とイスラム帝国は友好関係にあり、イスラム化されることも、侵攻されることもなかった。
 10世紀ごろ、アクスム王国は滅ぼされるものの、キリスト教信仰はエチオピアの地に残ることになる。アクスム王国の領土には、ザグウェ朝が興り、その後はソロモン朝が興る。このソロモン朝が、エチオピア帝国として知られる王朝の発端。1270年のことである。

 一方、現在のジブチ、エチオピア東部、ソマリランド付近はイスラム勢力が存在していた。これらの勢力は、アダル・スルタン国を形成していたものの、ワラシュマ家を中心とする連邦国家のようなものだったとされている。
 エチオピア帝国とアダル・スルタン国は、帝国の成立時から争いを繰り返していた。16世紀になると、ポルトガルの助力を得たエチオピア帝国と、オスマン帝国の助力を得たアダル・スルタン国が全面戦争に突入する事態となる。
 圧倒的に優位に戦いを進めていたアダル・スルタン国だったものの、1543年にタナ湖付近の戦いで、アダル・スルタン国の指導者であるアフマド・イブン・イブリヒム・アル=ガジーが戦死。戦いはエチオピア帝国の勝利となる。しかし、エチオピア帝国の国力は衰え、ポルトガル勢力が侵食していくことになる。
 ポルトガルは、カトリック伝道団を派遣して、カトリックへの改宗を画策する。しかし、これは宗派対立を要因とする内戦を招いたに過ぎなかった。混乱の中、エチオピア皇帝に即位したファシラダスは、カトリック勢力を一掃、イスラム勢力との和平にも成功する。こうして、エチオピアの地には、エチオピア正教会が現在にまで残ることとなった。

 こうした経緯を経て、現在もキリスト教徒が多いエチオピア。岩窟教会群があるラリベラは、巡礼地の1つとされており、アクスムに次ぐ聖地とも言われる。また、住民のほとんどが、キリスト教徒でもある。
 で、世界遺産を訪問しようと、岩窟教会群に向かったKekeさん、Mさん、オリエント伯爵の3人。そこのゲートで、衝撃の価格を知ることになる。結局、入場したのはオリエント伯爵1人。個人的には、十分に満足することができた。岩窟教会群の様子は、左の写真で!

 街に戻ってきて、昼食を食べる。またまた同じ店、またまたパスタとビール(笑)。宿に戻って小休止。本日に残された重要なミッションは、明日の移動について目処をつけることである。
 街から離れたバスTに向かってみるも、淋しげで人気がない。その様子を遠くから見て、バスTに行くのは止めることにした。で、街でミニバスの予約をすることにする。
 このミニバス、アホみたいに高額。いろいろな人に話しを聞いていくうちに、地元の人は、ミニバスを利用すれば200〜300ETBでアディス・アベバまで行くことができるらしい。ちなみに、この国では、地元の人と同額で長距離交通機関を利用することは不可能。経験上、ここまでダメな国は少ない。
 それにしても、今回の提示額は700ETB。なんとも驚きの額である。正気の沙汰とは思えない。ここはアフリカ。賢い人が少ない国。こんな価格設定で押し切ってしまうところが、人間として悲しささえ感じる。そう、あまりの頭の悪さに…。

 どうねばっても、600ETBまでしか下がらない。「もう、いいやっ」てな感じになって、それでアディス・アベバまで行くことにした。すると、やってきましたこの一言…「前金をくれ」。
 前金を要求された場合、ろくなことがないことが多い。前金を要求してきた時点で、この選択肢は消滅。結局、朝早く起きて、自力でミニバスを探すことにした。まあ、それが一番確実でしょう!
 移動の目処がついたので、夕食時間まで部屋で一休み。すると、ドアをノックする音がして、君たちと話をしたい人がいるという。胡散臭く思いながらレセプションに行くと、ドレッドのニイちゃんが1人いた。
 ニイちゃんは、家族と一緒にこの宿に泊まっていて、明日にアディス・アベバにランクルで移動予定だという。すでに1人の外国人旅行者とジョイントしたのだけれど、3人も一緒にジョイントしないかという申し出だった。
 ちなみに価格は500ETB。ランクルでこの価格ならば、許容範囲と判断しよう。どうやら、前金も要らないらしい。で、ジョイント決定。今までの目処よりも、ずっと確実な目処ができたことになる。

 しかし、1時間ほどすると、再度ノックが。なんと、ランクルが捕まらなかったらしい。そこで、近くの街までミニバスで250ETBで行って、そこでミニバスを乗り換えて220ETBでアディス・アベバまで移動しようと思っていると言われた。
 この時点で、オリエント伯爵は、このニイちゃんとは行動しないことを選択したかった。でも、他にも2人いるわけで…。まあ、別行動しても良かったんだけど…。なんとなく、一緒にってわけで…。そんなわけで、このニイちゃんの話に乗って、アディス・アベバまで移動することにした。
 まあ、結果的に、ミニバスでアディス・アベバまで470ETBならば、ボラれているけれど許せる価格である。つまり、他の路線と比較すると、一般的なツーリスト価格よりも高いのだ。
 前金はないとのことだし、他の客を見つけてから最後に宿にピックに来ると言ってるし、ドレッドのニイちゃんも一緒に移動するし、ニイちゃんは家族と一緒だし。つまり、たとえボラれていたとしても、他よりは条件が良いということ。

 明日は夜明け前の4時に集合とのことで、24時前には眠りについたオリエント伯爵だった…zzz♪
 

 
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