


日本食レストランから眺める
ダハブの海
宿に併設されているので
ついつい
ここで時間を過ごしてしまう

ナスと牛肉の炒めもの |
朝起きたら、Dagoさん、部屋の前で寝ていた…聞いてみたら、部屋を間違って鍵がかかっていると思ったらしい…(笑)。なかなか、オチャメな方である(笑)!!!この日も、ノンビリとした1日が始まりそうな予感がたっぷりである!
今日の昼食は日本食レストラン。思った以上のボリュームで満足することができた。味については、いつものごとく、パーフェクトである。せっかく、海が見えるので、写真を撮ってみた。そういえば、最近は写真のない日記が続いていたしね!で、昼食の写真も撮ってみた!!!
今日は、エジプトをつくった3人の3幕目、ムハンマド・ホスニー・ムバーラクの巻…。
ムバーラクは、役人の子どもとして誕生。航空士の道を選び、士官学校を卒業。第2次中東戦争、北イエメン内戦に従軍した。第3次中東戦争でエジプト空軍が壊滅すると、パイロットの育成を担当。その成果が認められて、ナーセル政権下でも、サーダート政権下でも、要職を歴任することになった。
第4次中東戦争では、電撃作戦で戦局を有利に進めることに成功。国民的英雄となる。1981年10月6日、サーダート大統領が暗殺される。当時副大統領だったムバーラクは、10月14日、大統領に就任する。
ムバーラクは、外交政策ではサーダートの親米・親イスラエル路線を継承する。湾岸戦争では多国籍軍に参加、アメリカ同時多発テロ事件ではアメリカ支持を表明した。
内政では、徹底的な強権独裁体制を確立。約30年間におよぶ、安定政権を樹立した。その独裁的な政治手法も合わせて、「現代のファラオ」と呼ばれた。
2010年から、チュニジアでジャスミン革命が勃発。2011年1月25日にはエジプトでも大規模なデモが発生した。エジプトではデモが禁止されていたので、デモの発生は異例中の異例であった。大規模デモは28日にも行われ、ムバーラク政権は窮地に陥ることとなった。
この後、カイロを中心にエジプトは混乱状態となる。2月11日、副大統領であったスレイマンが演説を行い、ムバーラク政権の崩壊を国民に伝えた。
この日の夕食は、ダハブの街で。比較的安価で食べることができるチキン屋さん。そのボリュームは、なかなかのものであった。うん、お腹いっぱいだ〜!!!
夜には、ChanさんやKekeさんと、アフリカの旅の話で盛り上がる。たくさんの困難がありそうだけれど(笑)、楽しく旅ができそうな予感がひしひしと感じられる!!!だって、この話の間中、みんな笑ってばっかだったもんねぇ!!! |