世界旅HOME   西アジア   レバノン   2013年4月  
 
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セルピルさんからいただいた
サンドイッチ

トルコ産のビール

ここはトルコ?
 朝起きて、シャワーを浴びて、ゆっくり、のんびり…この日は(も?)ノープランなのだ。ATMとスーパー・マーケットの場所を聞いて、ベイルートの街をブラブラ。レバノン通貨はLBP(ポンド)。ちなみに、現在のレートでは、約1USD=1500LBP。はい、久しぶりに、ややこやしい通貨との遭遇ですね!
 スーパー・マーケットは宿からけっこう遠かったけれど、品揃えは豊富だった。いろいろと買い物をする。会計のときに約3万LBP…3万とか聞いたら心臓に悪い。でも、2000円くらいなので妥当な金額。ホント、ややこやしい通貨である。
 レバノンはキリスト教徒が多く住む国なので、ビールも普通に販売している。なんと、トルコ産のビールがトルコよりも安く入手できる。まったくもって不思議である。これも、世界の興味深さの1つであろう。

 この宿では、3人部屋のドミトリーに泊まっている。おそらく、ベイルートでは最安の宿と思われる。同部屋のアルゼンチン人もスウェーデン人も悪い人ではなさそうだ。
 宿自体は“セクハラ宿”として有名らしいけれど、オリエント伯爵は男性なので問題なし。そおっと後ろからくすぐられたりしたけどね(笑)。あのシチュエーション、相手が女性ならば、セクハラと言われてもおかしくないわな…。

 ここレバノンは、フェニキア人の故郷と言われている。フェニキア人といえば、フェニキア文字を使用した民族として知られている。このフェニキア文字は、アラビア文字、ヘブライ文字、ギリシャ文字、ラテン文字、キリル文字の起源となった文字である。また、遠くはベンガル文字、タミル文字、シンハラ文字、チベット文字、ビルマ文字、タイ文字、クメール文字、タガログ文字、なんとエチオピア文字やカナダ先住民の文字の基にまでなっている。
 フェニキア文字が広まった最初の理由は、フェニキア人が海洋民族だったことがあげられる。紀元前15世紀ころから紀元前8世紀ころまで、地中海を舞台に繁栄を極めたとされる。なお、船材として使われたのは、現在のレバノン国旗に描かれているレバノン杉である。
 レバノンのフェニキア人勢力は、アッシリアの圧力によって政治的独立を失っていった。しかし、フェニキア人が建設した植民都市の1つであるカルタゴ(現・チュニジア)は発展を続け、ローマ帝国と3度にわたるポエニ戦争を戦った。

 フェニキア人勢力が衰退した後のレバノンの地は、アレクサンドロス大王やローマ帝国の支配を経て、7世紀ごろからアラブ化とイスラム化が進んでいく。
 しかし、レバノンを南北にはしるレバノン山脈一帯は、西アジアの宗教マイノリティの退避場所となっていた。そのため、キリスト教マロン派(カトリック系)やイスラム教ドゥルーズ派の人々が移住してきた。この地域は、オスマン帝国によって支配された時期にも自治を認められていた。
 第一次世界大戦によってオスマン帝国は敗北。中東の地は列強諸国によって分割されることとなった。レバノンの地を支配することになったのはフランスである。
 歴史的にはレバノンはシリアの一部であったものの、キリスト教徒が多いために支配しやすいと判断したフランスは、レバノンをシリアから切り離して統治することにした。こうして、現在のレバノンが形成されたのである。

 さて、そんなレバノンの首都ベイルートでの午後。遅めの昼食は、セルピルさんからいただいたサンドイッチとトルコ産ビール。まだまだトルコを引きずっている感がある(笑)。
 ちょっぴり昼寝をして、夕食は自炊。この宿、キッチンが使えるのである。久しぶりにコメを食べて、23時ころには就寝。明日には、同部屋の2人が出て行くようだ。さあ、明日はどんな1日になるのかな?
 

 
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