
Nuova Locanda Belvedere

この街からも
アルプスの山々を
見ることができる

こんな小さなショップで
チケットは購入

スタディオ・フリウーリ

正面から見ると

名前の部分を拡大

さすがに
全部は飲めませんでした |
昨日は、オリエント伯爵の43回目の誕生日でございました!予想通りに、これといったイベントもなく、ケーキを食べることもなく…。 でも、メッセージというプレゼントをいただきました。メッセージを送っていただいた方、ありがとうございました。また、メッセージは送らなかったけれど、心の片隅で気にしていただいた方も、ありがとうございました。 43歳になっても、今まで通りに、旅を続けて行きたく思ってます。さてさて、どこまで行くことができるのか?それは、誰も知りません!
では、旅日記…
朝起きて、身支度を整えて、朝食は自分でつくったサンドイッチ。昨日と同じ展開で1日が始まった。でも、今日はヴェネツィア市街に行くわけではない。次の街へ移動するのだ。 チェック・アウトを終えて、メストレ駅に向かう。さすがに、もう道を間違うことはなかった。いつも通りに、マシーンでチケットを購入。列車に乗り込み、ウディネの街をめざす。 ほぼ定刻に、列車はウディネに到着。この街に来たのは、オリエント伯爵基準の世界遺産があるから…ではない。誰かにイイ街だよ〜と勧められたわけでもない。宿泊費が安いわけでもないし(というか高い…)、交通の要衝というわけではない。 この街に来た目的は、たった1つである。そう、フットボールの試合を観戦するためである!!!!!
思えば、ヨーロッパに入ってから、なかなかにフットボール観戦の機会がなかった。結果、1度も観戦することなく、ここまで来てしまった。これは、大問題である(only
for
me...)。 ちなみに、ヨーロッパでは、歴史的に4つのフットボール・リーグがメジャーであるといえる。イングランド、スペイン、ドイツ、イタリアである。反論がある方もいらっしゃるかもしれないけれど、UEFAランキングを見れば、4つのリーグが特別なのは一目瞭然である。 1960年代はスペインリーグがトップであった。しかし、後半からイングランドリーグがトップに君臨する。1970年代後半になると、ドイツリーグにトップの座は移り、1980年代半ばからイングランドリーグがトップにたつも、あっという間にイタリアリーグがトップとなる。 1990年代に入ってもイタリアリーグの全盛期は続き、ドイツリーグがトップにたつことが1度あった他は、一貫してイタリアリーグがトップの座を守り続けた。しかし、2000年代になると、スペインリーグが久しぶりにトップに返り咲く。そして、後半からはイングランドリーグがトップとなっている。 そして、現在も、4リーグがトップ4である。しかし、イタリアリーグの07-08シーズンからの実績を見ると、5位、5位、4位、5位、6位と低迷しているのも事実。他の3つのリーグに水を開けられている。ただ、その下のカテゴリーに位置する、フランス、ポルトガル、ウクライナ、オランダ、ロシアといった国のリーグとの差が縮まってきているとは言えない。
ウディネの街をホームタウンとしているのは、ウディネーゼ・カルチョというチーム。イタリアリーグのトップカテゴリーは「セリエA」と呼ばれている。そのセリエAの中堅チームである。 創設は1896年。ホームスタジアムはスタディオ・フリウーリ。初めてセリエAに昇格したのは50-51シーズン。9位、12位、10位、16位という成績で残留に成功。54-55シーズンには2位となるものの、不正行為が発覚してセリエBに降格。 1年でセリエAに返り咲き、4位、9位、15位、15位、15位という成績で残留するものの、61-62シーズンに18位となりセリエBに降格。セリエBでも振るわず、64-65シーズンからはセリエCに在籍。 78-79にはセリエBに、翌年にはセリエAに昇格。15位、10位、11位、6位、9位、11位、13位。この間、あのジーコが在籍している。しかし86-87シーズンは16位で再びセリエBに降格となる。89-90、92-93、93-94の3シーズンはセリエAに所属するものの、昇格と降格を繰り返す典型的な“エレベーター・チーム”といえる。まるで、コンサドーレ札幌のような…。
再びセリエAに昇格した95-96シーズンから監督となったのが、アルベルト・ザッケローニである。ここから、ウディネーゼはエレベーター・チームではなくなる。
11位、5位と上々の成績を収め、97-98シーズンは3位に入り「ウディネーゼの奇跡」と言われた。このころは、セリエAが絶頂期にある時代。更に、セブン・シスターズと呼ばれる7つのチームが、セリエAを支配していた時代でもある。 90年代前半まで、セリエAには「三階建て」構造と呼ばれる構図ができあがっていた。これは、ユヴェントス・ミラン・インテルのビック3が最上階に位置し、サンプドリア・ナポリ・トリノ・フィオレンティーナ・ローマ・ラツィオ・ボローニャ・ジュノアといった中堅名門クラブが2階に位置する構図である。 しかし、放映料の高騰、ボスマン判決以降の選手獲得方法の変化といった流れが「三階建て」構造を崩壊させる。名門クラブの中で降格するチームが現れ、セリエAはセブン・シスターズの時代へと移っていくのだ。ちなみに、セブン・シスターズとは、ビック3に加えて、ローマ・フィオレンティーナ・パルマ・ラツィオの7チームである。実際、ウディネーゼが昇格した95-96シーズンのトップ7はセブン・シスターズであった。
「ウディネーゼの奇跡」を最期に、ザッケローニ監督はチームを去ることになる。ザッケローニ監督がいなくなっても、監督ともに主力選手がいなくなっても、ウディネーゼが弱体化することはなかった。 その原動力となっているのが、優秀なスカウト網であると言われる。世界中の若くて優秀な選手を確保し育成、その選手を高額で売却(日本人的には嫌な響きの言葉ですけど…)しているのだ。そう、下部組織を充実するやり方ではないのである。実際、ウディネーゼの下部組織はパッとしないようである。 正直、どうしてもウディネーゼの試合を見たかったわけではない。日程とルートを考えると、比較的ぴったりだったにすぎない。でも、ちょっと調べるだけでも、なかなかに楽しそうなチームである。
で、宿にチェック・インして、すぐにスタジアムへ向かう。目的は、もちろんチケットの購入。ショップがクローズしていたので、30分ほど待ってから無事にチケットを購入。 ちなみに、イタリアでは前売り券の方が高い。オッちゃん、「あと20枚ほどだよ」と言っていたけれど、ホントかな〜???高い前売りを買わせようとする作戦なのか???そもそも、ホントに前売りって高いのか???まあ、無事に、チケットが購入できたので良かった!!! 帰りにスーパー・マーケットに寄って、宿に戻ってのんびり過ごす。やっぱり、シングルって素敵!!!自分だけの空間なんだもん!!!そんなシングル・ライフ。真っ先にやったことは、洗濯でしたとさ(笑)。 |