
Hostel California



ミラノの大聖堂

ヴィットリオ・
エマヌエーレ2世の
ガッレリア

スカラ座


サンタ・マリア・
デッレ・グラツィエ教会

右側の建物に『最後の晩餐』

最後の晩餐
もちろん本物では
ありません
そして壁と
一体となっていないと
この絵画の素晴らしさは
伝わりません

MiiさんとHiiさんと |
朝起きて、身支度を整えて、ミラノの街へと向かう。世界遺産の予約時間には早いので、ミラノの大聖堂付近をブラブラ。こりゃ、凄いじゃん!モデナの大聖堂よりも、ぜんぜん凄いじゃん!!! 外観の迫力はドイツのケルン大聖堂にも匹敵するのではと思えるほど。内部もまた素晴らしい。絵画の展示方法が「オイオイ…センスないんじゃないの…」とツッコミを入れたくのが難点かな〜。 大聖堂の周りの雰囲気もなかなかのもの。ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアは綺麗だった。スカラ座は思っていたよりも普通の建物だったかな。まあ、ここは演目で勝負なのでしょう。ミラノという街、オリエント伯爵にとってはつまらなくないなあ〜。
そろそろ予約時間が近づいてきたので、移動することにする。最寄駅でメトロを降りて、世界的に有名な絵画である『最後の晩餐』がある場所へと向かう。 この絵画、実は波瀾万丈の歴史をもっている。製作者は、かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチ。完成したのは1498年とされている。当時は食堂だった壁に描かれている。一般的には、壁画にはフレスコ画の技法が使われるのだけれど、この絵はテンペラ画の技法が用いられている。そのために、侵食と損傷が激しい。 そもそも、当時は食堂だったために、“管理”という視点からは最悪の環境にあったといえる。また、16〜19世紀にかけて行われた修復が、絵画に大きなダメージを与える結果となってしまった。 ナポレオン時代には馬小屋として使用され、2度の大洪水では水浸しになった。第二次大戦でのアメリカ軍によるミラノへの空襲では、右側の屋根が半壊した。その際は、修道士たちの要請で土嚢と足場が組まれており奇跡的に難を逃れている。しかし、その後は3年近くにわたって屋根のない状態が続いていた。 1977〜99年に行われた修復作業の結果、『最後の晩餐』はオリジナルの線と色彩が蘇ることとなった。しかし、この修復で、オリジナルが残っていない箇所がかなりあることも判明した。
さて、そんな『最後の晩餐』。到着してみて驚いた。「日本人ばっかりじゃん!」。そう、ここは日本ではないかと思うほどに、日本人だらけなのである。もちろん、彼らはツアー客。 予約の確認をして教会を見学することにした。どうやら、宗教行事が行われているようだ。後で分かったのだけれど、葬儀だったようである。このあたりが、観光に特化してしまった一部の日本寺院とは異なる。この国では、どんなに有名な観光スポットでも、宗教施設としての機能を失うことはないのだ。 さすがに、宗教行事が行われている最中は、あまりウロウロすることができなかった。葬儀が終わったので、教会の中に再び足を踏み入れる。まあ、普通の教会である…。
いよいよ『最後の晩餐』である。ちなみに、見学は15分おきに行われる。約30人の見学チームは、25人が“日本人御一行様”だった。ガイドのオバちゃんが、ベラベラと喋っていた情報によると、団体のマックスが25人なんだそうだ。で、あと5人ほど個人の方がいらっしゃると思いますと言っていた。 厳重に空調管理された部屋へと足を踏み入れる。この絵画、ただものではない。素晴らしい。もちろん、遠近法を使った絵画は多数見たことがある。遠近法を使って、図面をかいたこともある。今となっては、遠近法など珍しくもない技法だと思う。 しかし、この絵画の遠近法は完璧である。平面に描かれているのに、まるで壁の向こうに“ボコッ”と凹みがあるように感じる。いやいや、たった1つの絵画に15分間、全力で魅了されたのは初めてである。まあ、他の日本人の方々は、途中で飽きていたようですけどね(笑)!
そんなわけで、観光地としての「レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院」の評価は、「★★★★☆」である。たった1つの作品が、こんなに力をもっているとは…。
さあ、宿の戻ってチェック・アウトしなくては。予約時間が10:15からだったので、10:30少し過ぎに宿に向かう。メトロに乗って、宿についたのは11:00を少し回っていた。少々、時間に遅れてしまった。ごめんなさい〜。まあ、このあたりはイタリア人気質というやつで、ノープロブレムだった。 新たな問題発生。次の目的地に向かうための列車の出発時間が迫っている。というより、ぜったいに間に合わない。遅らせてもいいんだけど、そうなると料金が高くなるんだよね〜。 ここでふと閃いた。昨日、突然思い立って利用した駅。記憶が正しければ、乗ろうとしている列車は、あの駅にも停車するはずである。確かめている時間はない。記憶を信じて、昨日利用した駅に向かうことにした。もしも間違っていたら、メトロで別の駅に向かえば済む話である。
記憶は正しかった!!!無事に列車に乗ることができた。ただ、この列車、無茶苦茶に混んでいた!!!「どこかに座席が空いてないかな〜」と思って列車内を移動。おっ、1つ発見した。 後で気がついたのだけれど、ここ、列車の最後尾だったようだ。更に更に、なんと向かいに座っていたのは日本人の方だった!姉妹で旅をしているとのこと。昨日、イタリアに着いたばかりだそうだ。 いやいや、オリエント伯爵としては「日本人だ〜」てな感じだけれど、あちらさんとしたら「また日本人…」てな感じだったろうなぁ。すいませんでした。 ちなみに、妹さんから“うまい棒”をいただいた。おっっっ、懐かしい。あまりの懐かしさにはしゃいでいると、周りのイタリア人がとっても変な顔をしていた。そりゃ、そうだわな…(笑)!
列車はヴィチェンツァに到着。宿へと向かう。問題なく発見。チェック・インの時間まで少しあるので、レセプション前で待つことにする。しかし、チェック・インの時間が決まっているなら、きちんとウェブ上にも書いておいてほしいものである。 買い物に行って、晩飯をつくって食べる。今日は醤油味のリゾット。間違いなく、つくりすぎてしまった…でも、全部食べちゃった(笑)!かなりの満腹感である。
キッチンに居たかったのだけれど、電気を消されてしまったので部屋に戻る。ほどなくして、4人目の同部屋の宿泊者がやってきた。こいつがとんでもないヤツ。いわゆる、クソジジイ。 入ってきていきなり、「ワシは風邪をひいているんじゃ。窓を閉めさせてもらうぞ」ときたもんだ。「風邪ひいてるから窓閉めるよ」とか、「寒いから窓閉めていい」とか言えばいいだろう。なにか偉そうな言い方。 続いて、同部屋の韓国人が充電していたのを見つけ、「これはおまえのか」ときた。隣に空いてるコンセントがあるんだから、それを使えばいいだろう。これまた偉そうな言い方。 最期に、テーブル状になっている場所に置いていたカップに文句をつけてきた。自分が下のベッドだから気になるんだろうね。「落としたらどうするんだ」だって。 これら、5分以内の出来事。あまりにもクソジジイだったので、電気が消えているけれどキッチンに行くことにした。少々暗くても、気分がどんどん悪くなっていくよりは100倍マシである。 |