
Wattaさんの出発の際に
at 2013.08.19
in タジキスタン
日本ではWattaさんの写真が
公開されているとのこと
なので
そのまま掲載しました
今回は
オリエント伯爵も
そのまま掲載します

夜明け前の
アムステルダム

アンネ・フランクの家
長蛇の列だったので
入場は断念

運河が網の目のように

ベギンホフ

チューリップの球根

オランダといえば
ハイネケン |
ドイツ時間で昨夜、Yahooニュースで信じ難い記事を目にすることになった。「ロシアで邦人が事故死」。普段ならば、見過ごす記事である。しかし、「虫の知らせ」とでも言うのだろうか、その記事をクリックして開いてみた。 今考えてみれば、「“ロシア”…Wattaさんが行くって言ってたなあ、“事故”…自転車に乗ってるしなあ、そんなことないだろうけど安心のために」という図式が、1秒もかからずに頭の中を駆け抜けたと思われる。無意識下であるので、確かなことは言えないのだけれど…。 クリックして開かれた記事には、Wattaさんの名前が被害者として書かれていた。この時の衝撃を、どう表現したらよいのか。一瞬、景色も音もフリーズした。まさに、時が止まったのだ。その次に口をついて出た言葉は「ウソだろ…」。
Wattaさんの簡単な紹介は、すでにタジキスタンの旅日記に書かれている。改めて、一緒に滞在した日々を数えてみると7日間だった。ドゥシャンベには、査証待ちのために2週間強も滞在したのだけれど、その半分近くを一緒に過ごしたことになる。 人柄は“朴訥”だった。7大陸の最高峰制覇を日本人最年少で行ったとは思えないほど、驕らず、誇らず、自然体の方だった。これから砂漠を自転車で越えると聞いて驚いていると、「でも、今回のメインは冬の満州を自転車で南下することなんだよね!」と言っていた。 その後のニュースによれば、ロシアにはソチから入ったようである。満州とは、現在の中国東北部のことなので、ソチからならばロシアを東に進まなければならない。しかし、事故にあった際はムルマンスクに向かっていたとのこと。ロシアを北に向かって走っていたことになる。 目的地を変更したのか、ムルマンスクに行ってから満州まで行くつもりだったのか。今となっては、確かめる術はない…。そして、Wattaさんの冒険の話を、再び聞くこともない…。朴訥な笑顔を、再び見ることもない…。
悲しい気持ちがいっぱいだけれど、旅は続いていく。立ち止まるわけにはいかない。今まで以上に緊張感をもって、ハノーファーの街をバスTまで歩いて行く。ハノーファーおよびその近郊でお世話になった皆さん、あなた方のおかげで、ドイツの印象が好転しました。「ダンケ・シェン=Thank
you」! ほぼ満席のバスに乗って、アムステルダムに向かう。予想どおり、国境がどこにあって、いつ越えたかは、分からなかった。
いつの間にか、ドイツ連邦共和国を出国。
いつの間にか、オランダ王国に入国。
夜明け前のアムステルダムにバスは到着。宿まで歩いてみる。治安に不安がありそうならば、すぐにバスTに引き返すつもりだった。明け方ということもあって、治安については問題なかった。ただし、予想以上に遠かったけれど…。
宿には無事に到着。チェック・インは13:00からとのこと。10:00ごろまでレセプション前で待たせてもらう。その後、荷物だけ部屋に移動させてもらって、少しだけアムステルダムの街を歩く。
アムステルダムは観光都市であることを実感。現在は、ヨーロッパのホリデー時期ということもあるけれど、地図を持った観光客だらけだった。ある程度の規模の都市で、ここまで観光客が多いのは珍しい。イメージとしては、京都に似ている感じがした。もちろん、風景は似てませんよ!!! 宿に戻って、洗濯を敢行する。もう、洗濯機がないなどと言ってられない。ここは3泊もする予定なので、手絞りでも乾くと判断。更に、オリエント伯爵のベッドは窓際。この窓は、いつも少し窓を開けておくシキタリになっているらしいので風通しはバッチリ。加えて、そこには暖房のスイッチと暖房器具が設置されている。洗濯物を干すのに、こんなに適した位置にあるベッドはないだろう!!!
晩飯は、スーパーでパンを購入。すでに購入済のチーズとサラミ、それにビールとミカンと牛乳。ビールに牛乳はオカシイって?オリエント伯爵もそう思います。でも、栄養的には、牛乳ってナイスでしょ!なので、最近は、チャンスがあれば飲むようにしてるんですよ! 昨夜の移動の疲れもあったので、この夜はグッスリと眠りにつく。あの夜行バス、頻繁にバスTに停車し、その度にライト・オン。そんなわけで、ほとんど寝ていなかったのである。 |