
St. Florian's Gate

St Mary's Church

Town Hall Tower
Cloth Hall

Corpus Christi Church



The Royal Castle
and Cathedral

Jewish Town

Remuh Cemetery
and Synagogue

New Jewish Cemetery

クラクフのユダヤ人墓地
墓地の壁には
墓石が埋め込まれていた
尋常ではない出来事が
この地で起こったことを
物語っている
“他人の幸せを奪う”
簡単に見えて難しい問題が
そこには横たわっている

ウエルカム・ビールと晩飯 |
列車は定刻どおりにリヴィウ駅に到着。駅の温度計によれば、リヴィウは「−2」でクラクフは「+2」。国外に出ると、「摂氏(C)」なのか「華氏(F)」なのか分からなくなる。今回は、「−2F」だと「−20C」に限りなく近いことになるので摂氏で間違いなし。ただし、駅の温度計なので(日本じゃないので:笑)信憑性は低い…。 クラクフ駅に近い宿に目星をつけていたので、その宿に向かうことにする。駅前にいたポーランド人女性に初コンタクト。道を聞くと、間違った道を教えてくれた…。旧ソビエトから離れたとはいえ、ポーランドは旧ソビエト圏。地図というものに親しみがないのかもしれない。 実際、“地図で道を確認するのはあたりまえ”というのも世界の常識ではない。今まで訪れた多くの国では、地図というものを読むことができないのがあたりまえだった。地図は軍事と密接な関係をもっているからである。日本でも、第二次世界大戦前は、地図の扱いは慎重だったことを考えれば想像できると思う。
ポーランド女性の間違いに早々に気がついたので、宿は簡単に見つけることができた。今回はバッチリ!!!朝が早いので、まだベッドが空いていないようである。 ここクラクフは、オリエント伯爵基準ではないものの世界遺産の街である。また、クラクフ近郊にあるアウシュヴィッツもオリエント伯爵基準ではないものの世界遺産である(近郊には他にも世界遺産がある)。アウシュヴィッツにかんしては、世界遺産であるか否かを問題にするまでもなく、オリエント伯爵にとっては、ヨーロッパを訪れて訪問しないことなど考えられない地である。 今日はクラクフの街歩きをすることにし、アウシュヴィッツ訪問は明日に。このクラクフという街、意外な“顔”をもった街なのである。ポーランド王国の首都であった歴史をもち、「ポーランド分割」によって国家が消滅するとオーストリア帝国(ハプスブルグ家)の支配下に置かれる。また、『シンドラーのリスト』の舞台となった街でもある。更に、奇跡的に第二次世界大戦の戦禍が少なかった街である。
リヴィウの街がイマイチだったので、同じような感覚で街歩きを始めた。しかし、ものの数分でテンションは急上昇。この街、なかなかに素晴らしいのである。 旧市街は、時間がゆっくり流れている。歩く人のスピードもゆっくりとしている。なにより、やかましくないのだ。車の音、クラクションの音、人の話し声。すべての“音”が控えめに聞こえる。時折鳴り響く教会の鐘の音が似合う街である。
更に、クラクフの城は、とってもイイ!オリエント伯爵が城好きであることは確かなのだけれど、言い換えれば、城好きが“イイ”と思うほどに素晴らしいということなのだ。
旧市街を十分に堪能したので、いつもならば宿に戻っている展開。なぜか、クラクフの街では「もう少し歩いてみようか!」と思った。次に訪れたのが、ユダヤ人地区として知られるカジミェシュ地区。 情報力が乏しい(世界を旅していると限界があるんですよ…)オリエント伯爵は、そんなことは知らずに訪れたのだった。もちろん、『シンドラーのリスト』の舞台だったことも宿に戻ってから知ったこと。 最初に「んっ?」と思ったのは、柵の模様である。イスラエル国旗に見られる、2つの三角形をあしらった形が使われていた。次に「シナゴーグ」という言葉にピンとくる。たしか、ユダヤに関係した言葉だったはずだ。後で調べると、シナゴーグとはユダヤ教の「会堂(教会に近い)」のことであった。 一見してユダヤ人と分かる人が歩いていることはなかった。そうなると、日本人のオリエント伯爵にとっては、見ただけでユダヤ人を見分けることはて不可能である。ただし、歴史的に、この地区にユダヤ人が多く暮らしていたのは確かなようである。更に、歴史的に、この地区のユダヤ人もまた、不幸な境遇にさらされたこともまた確かなようである。
明日のアウシュヴィッツ訪問を前に、“他人の幸せを奪う”ということを考えさせられた。理不尽に“他人の幸せを奪う”ことは許されるべきではない。では、理不尽でなければ許されるのか?理由があれば許されるのか? ナチス・ドイツがユダヤ人にたいして行った行為に、理由はなかったのか。もちろん、あったのだ。当時は、その理由こそが「正義」とされ、多くの人がその「正義」を信じた。だからこそ、それに反した行為をしたシンドラーは、ユダヤ人から愛されているのである。多くのドイツ人がシンドラーと同じことをしていたら、『シンドラーのリスト』という作品は誕生していなかっただろう。 では、理由のいかんを問わず、“他人の幸せを奪う”という行為は禁じられるべきものなのか。特権階級が甘い汁を吸い続ける体制を破壊しようとすることは禁じられるのか。なぜなら、特権階級の幸せを奪うことになるのだから。しかし、特権階級は、多くの国民の幸せを奪っていることになる。では、“他人の幸せを奪う”人々については、その幸せを奪ってもいいのか。 現在は、このように考えられることが多い。そこに「正義」が存在するからである。ただし、すでに書いたように、「正義」という概念は非常に不安定なのである。誰の幸せは奪ってよくて、誰の幸せは奪ってはいけないのか?
更に困ったことに、“他人の幸せを奪う”という行為は日常的に繰り返されている。「あなたは、他人の幸せを奪ったことがありませんか?」と聞かれて、「ないよ」と答えられる人はいないだろう。 例えば、あなたが会社に入社したことで、誰かが入社できなかったのだ。知らないところで、あなたは他人の幸せを奪っている。例えば、あなたが車に乗ることで、空気を汚すことに関与している。知らないうちに、あなたは他人の幸せを奪っている。 ここに挙げたのは極端な例である。しかし、改めて考えてみれば、「正義」の名の下に他人の幸せを奪っていることは、想像している以上に行われていることであろう。それは、オリエント伯爵とて、同じことである。
そんなことを考えながら宿に戻る。晩飯は、宿のオニイちゃんの真似をしてホットサンドを作ってみた。この宿、キッチンがあるとのことだったのに、実際にはなかった。使えるのは、電子レンジとホットサンドを作る機械のみ。 シャワーの排水機能は、いままでの宿の中でワースト十指に入るほどのひどさ…。インターネットは接続できず、回復のための努力をするわけでもない。 この宿、「クラクフ 安宿」で検索すると最初の方に出でくる。そこのサイトでの評判は、とってもいい。ところが、実際は、そうでもないかなあ〜と思う。1人のスタッフが交代で勤務するスタイルなので、そのときのスタッフによって、サービスの質がガラリと変わるのである。
それ以上に、この宿の評価を下げているのが、ゲストの質である。この夜のゲストは酷かった…。犯人は1人。ところが、ドミトリー式のゲストハウスでは、1人が酷いと全員が迷惑するのである。 この客はポーランド人。旅の途中で出会ったポーランド人も変な人だったけれど、ここまで最低ではなかった。まずもって、声がでかい。無神経なので、ボリュームを抑えて話すことができない。部屋に戻れば、寝ている人がいるにもかかわらず雑音をばらまき続ける。 もちろん、飲み物はウォッカ。ガブガブ飲んで、飲めば飲むほど、状況は悪化していく。この時のスタッフはオネエちゃんが1人。理由のほどは分からないけれど、このゲストを注意することはなかった。
クラクフの街を見て、一気に上昇したポーランドの印象。しかし、宿の惨状と、この夜の惨事を目の当たりにした結果、ポーランドの印象は一気に下降線をたどるのであった。 これから、ポーランドの印象が、どのように変わっていくのかも楽しみなオリエント伯爵であった(笑)!「出来事を楽しむ」ことを忘れてはいけないのである!!! |