世界旅HOME   東ヨーロッパ   ブルガリア   2012年11月  
 
テッサロニキ
→ブラゴエヴグラト
→バンスコ
バンスコ バンスコ→ソフィア
 

 

曇天
そして
ただの山…


曇天
そして
ただのスキー・リゾート…





バンスコの街は
なかなかに素敵である



こんな感じで
ドリンク・タイム
サッカーの試合はすでに終了
ドラマを見ながら
 昨晩は入国記念で、またまた飲んでしまった…(笑)!なんだかんだと理由をつけては飲んでるだけのような気もするけれど…(笑)!でも、することもしたわけで、豊富に出る湯を利用して、きっちりと洗濯。
 正直いって、乾くかどうかという根本的な心配が残るんだけど…。でも、旧共産圏という新たなステージに突入したので衣服も一新ということでいいでしょう!

 紀元前のこの地には、トラキア人と呼ばれる民族が暮らしいていたそうだ。しかし、マケドニア王国や古代ローマ帝国に支配されることで、ギリシャ化・ローマ化していく。こうして、トラキア人独自の言語や文化は消滅していった。
 6世紀頃には南スラブ人が侵入してくる。なお、現在、南スラブ人が多数を占める国は、ブルガリアの他に、クロアチア、コソボ、スロベニア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、モンテネグロという旧ユーゴスラビアの各国である。
 7世紀後半にはテュルク系のブルガール人が侵入。南スラブ人を支配下に置き、東ローマ帝国から独立して、第一次ブルガリア帝国を建国する。ブルガール人は少数だったこともあり、スラブ語を話し、キリスト教を受容し、スラブ人との混血が進む。この人たちが、現在のブルガリア人のベースとなった。
 なお、この第一次ブルガリア帝国は、東ローマ帝国と肩を並べるほどの強国となる。9世紀後半から10世紀初頭、シメオン1世の治世下が最盛期とされる。しかし、その後は国力が衰退。西のハンガリー帝国、北のキエフ大公国、南の東ローマ帝国との戦いに幾度となく敗戦。ついに、11世紀初頭、東ローマ帝国に再併合されることとなる。

 そんなブルガリアの記念すべき最初の滞在都市はバンスコ。スキー・リゾートで有名なここに、秋に訪れたのには理由がある。そう、オリエント伯爵基準の世界遺産のゲート・ウェイなのだ。
 世界遺産の名前は「ピリン国立公園」。山岳系の自然遺産である。しかし、この日は完全なる曇天…。けっこう天気には恵まれているはずのオリエント伯爵なのに、これはなんということだ…というくらいに曇天だった。とりあえず、散歩してみたけれど、これでは…。明日の好天を期待して、評価はお預けとする。

 で、街歩きを少しだけする。これが、なかなかに素敵である。しっとりと落ち着いているし、十分に歴史を感じることもできる。宿のすぐ近くの教会の鐘の音が、1時間おきに街に響きわたる。車はほとんど走っていない。秋のバンスコ。なかなかである!!!
 ただ、寒い…。パーカーは乾いていないし、スノーボードウェアを着るほどではないだろうと、Tシャツと長袖のみで街を歩いていた。これは、狂気の沙汰でしたね…(笑)。

 宿に戻って休息タイム。早めの晩飯。そして、U-19の試合をネット中継で観戦しながらドリンク・タイム(笑)!試合は0−0の引き分けだった。イラン戦よりは、動きが良かったように思った。う〜ん、勝てた試合ですね〜。でも、グループ2位で準々決勝に進出できたようだ。
 外は雨が降りだしたようだ…。こりゃ、さすがに明日の好天は望み薄だなあ〜。それに、洗濯物が乾くかも予断を許さないぞ…。と思っていたら、なんと晴れた!!!綺麗な星空が広がっていた!!!お天気の神様、感謝、感謝!!!
 

 
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