世界旅HOME   南アジア   イラン   2012年10月  
 
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Niayesh Boutique Hotel

雰囲気のある素晴らしい宿
マネージャーも良い方

レセプションの従業員は
イマイチ
レストランの従業員は
良い方



深夜バスで夕食サービス

これがイランバスの
醍醐味だったのか

最後で味わえたことを
良しとしよう
 朝起きて、セットになっている(といっても、無料で泊まらせてもらっているんだけど…)朝食を食べる。レセプションの料金表で確認すると、ドミトリーは150,000IRRだった。
 ちなみに、イランでは「ペルシア数字」と呼ばれる数字を使っている。これは、日本で「漢数字」を使うことがあるのと同じ。ただ違うのは、日本では「アラビア数字」がメインでありのに対して、イランでは「ペルシア数字」がメインなのである。
 この数字が読めないと、旅人しては、とっても困ることになる。反対に、この数字が読めると、イラン人から「おっ!分かるの?」てな反応になり、距離がグッと縮まるのだ。
 もちろん、それだけではない現実的問題も大きい。なんたって、価格表示や時間表示や番地表示、あらゆる場面でこの数字が使われているのだから。ちなみに、この宿にはドル表示の料金表もあったけれど、イラン・リアルの暴落の影響もあり、換算すると275,000IRRという高額なプライスとなっていた(笑)!

 朝食後、新たに宿に中国人と台湾人の旅人がやってきた。この宿、中国語が話せる人に人気のようだ(宿で中国語は通じないけどね!)。ドミトリーの宿泊客は、1泊目は中国人2人とオリエント伯爵、2泊目は中国人1人とオリエント伯爵だった。もし、今日も泊まることになっていたら、中国人3人と台湾人1人とオリエント伯爵となっていた。
 今までは、海外で出会う個人旅行をしている中国人は素晴らしい方ばかりであった。しかし、新たにやってきた中国人は違った。これには、理由があると思われる。現在、中国は長〜い休日。そうすると、本来ならば個人で海外には行かないような人まで出かけるのだろう。
 兎にも角にも、久しぶりに感じの悪い中国人に出会った(笑)!まあ、オリエント伯爵は本日にチェック・アウトなので、たいした問題ではないですね!

 ホストの方から連絡があり、やっぱり会うことはできないとのこと。とってもお世話になったのに、とっても残念である。顔を見てお礼を言いたかったオリエント伯爵であった…。
 チェック・アウトは14:00とのことなので、それまで宿で過ごす。つもりだったのだけれど、それからも宿で過ごす…(笑)。ゆっくり、のんびりの1日となる。

 改めて言うまでもないけれど、イランは悠久の歴史をもつ国である。イランの歴史時代(文字記録があるということ)は、なんと紀元前3000年頃から始まる。最初に登場するのは、「エラム」という人々である。エラム人の王国は、紀元前1000年頃にアッシリアによって滅ぼされる。
 続いて、中央アジアや南ロシアから移動してきたアーリア系の人々がイランに王国を建設する。最初の強大な王国は、メディア人によって建国され、アッシリアを滅ぼし、バビロニアやエジプトと並ぶ強国となった。
 紀元前6世紀、メディア人と同じアーリア系民族であるペルシア人のクル2世(キュロス2世)はメディア王国を滅ぼし、ハカーマニシュ(アケメネス)朝が成立する。ハカーマニシュ朝は、エジプトからインダス川流域に至る大帝国となり、エラム人やメディア人はペルシア人と同化していく。なお、この王朝が築いた都市がペルセポリスである。

 紀元前5世紀、ハカーマニシュ朝はペルシア戦争と呼ばれるギリシャ遠征に失敗。その後、紀元前4世紀、ハカーマニシュ朝はマケドニア王国のアレクサンドロス大王によって滅ぼされる。しかし、紀元前323年にアレクサンドロス大王が死去すると、イランの地はマケドニア系のセレウコス朝が支配することとなる。
 この時期、ギリシャの植民都市が建設され、ギリシャ文化がイランに流入していった。こうした文化的な現象は、「ヘレニズム」と呼ばれる。しかし、植民都市の建設はシリアを中心として行われ、イランの地は重視されなかった。
 こうした背景もあり、紀元前3世紀には、セレウコス朝から独立する勢力が現れる。そんな中、ペルシア人と同系列の民族である中央アジアの遊牧民部族連合が、バルティアの地を征服して、アルシャク(アルサケス)朝が成立する。アルシャク朝はセレウコス朝を破り、セレウコス朝はシリア以外の領土を放棄し、イランとバビロニアはアルシャク朝が治めることとなった。

 このアルシャク朝と幾度も争いを繰り返したのが、有名なローマ帝国である。ローマ帝国は、反アルシャク朝だったギリシャ人勢力(歴史的経緯から当然)を巧みに利用しながら、アルシャク朝の弱体化を図る。この試みは失敗するものの、1世紀頃にはアルシャク朝でのギリシャ人勢力は衰退し、ヘレニズムも終焉を迎えることとなる。
 ローマ帝国に対しての度重なる敗戦もあり、イランの地ではハカーマニシュ朝時代への伝統回帰の動きが顕著になってくる。3世紀には、ペルシア人のアルダシール1世が、アルシャク朝を滅ぼし、サーサーン朝が成立する。サーサーン朝は、ローマ帝国を破ることにも成功する。そして、その後もローマ帝国に対して優位に戦いを進めていく。

 イランの歴史は、あまりにも悠久なので、今日はこのへんで旅日記に戻ることにする。宿を出て、タクシーにてバスTに向かう。行きよりも少し高いのは、チケット制ではないからかな?
 バスTのカウンターでは一騒動…。いきなり、「このターミナルじゃないよ」てなことを言われる。おいおい、このチケットを購入した時に確認したんだよ。で、「ここに来い」って言われたんだよ。
 なかなか話が進まなかったものの、最終的には、違うカウンター(ということは会社も違うはず?)の方が対応してくれて騒動は終了。結局、このバスTからバスは出るらしい…。なんだったんだ、さっきの騒動は?
 振り返ると、ソフィーさんにチケットを購入してもらった時以外は、なんらかのトラブル(すべて結果オーライだけどね!)があったことになるなぁ〜。改めて、ソフィーさんに感謝ですね。だって、イランでの最初の移動からトラブルに巻き込まれてたら印象が悪くなるもんね!

 バスは、きちんとVIPバス。今回の移動は車中泊なので、どうしてもVIPのシングル・シートがよかったんだ!オリエント伯爵の後ろの乗客も良い方で、シートをいっぱいに倒していいよって言ってくれた。
 なんと、バスが発車してすぐに、食事のサービスまで付いていた。これはリッチだ〜!LCC(格安航空会社)よりもサービスがいいぞ!!!なんとも贅沢(安上がりなオリエント伯爵…)な気分に浸りながら、シーラーズの街を後にするオリエント伯爵であった。
 

 
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