世界旅HOME   中央アジア   ウズベキスタン   2012年9月  
 
ブハラ ブハラ→ヒヴァ ヒヴァ
 

 

Madina & Ilyos



ブハラから71キロ地点で
Watawataさんに追いつく



車窓からの風景は
基本的に「砂漠」
 この日は、早朝に起床。前日までに宿のオバちゃんに頼んでいたタクシーに乗り込み、次の目的地であるヒヴァをめざす。ヒヴァまでは、砂漠地帯を通らなくてはならず、悪路が続くという情報もある。
 ちなみに、自転車での旅を続けるWatawataさんも、同じくヒヴァをめざし本日に宿を発った。しかし、砂漠地帯を通ることを考え、陽の明けていない4:00に旅立っていったようである。灼熱の時間帯に走ることを極力避けようという作戦のようだ。

 この移動日の朝、オリエント伯爵の胃腸は崩壊していた…。違和感は昨日から感じていた。どうやら、胃腸の崩壊は、決定的になったようである。
 この感覚は、インドでの胃腸の崩壊と似ている。熱があるわけではないので、重篤な病気でないことは明らかである。前回よりも重篤だと思うのは、吐き気を伴っていることのみ。でも、実際に吐くまでのことはない。

 今回の胃腸の崩壊は、様々な要素が絡んでいると思われる。まずは、ドゥシャンベ(Dushanbe)での日々があげられる。ドゥシャンベでは、宿に滞在している日本人が交代で夕食を作っていた。これが、美味い。そんなわけで、満腹になるまで食べていたオリエント伯爵。それに加えて、出発の数日前は、ウオッカを飲む機会が多かったオリエント伯爵。こうして、胃腸への負担をかけ続けていたオリエント伯爵。
 弱っていた胃腸に、国境越えというストレス。更に、ウズベキスタン入国以降は、商品の購入にもストレス。ストレスだけではなく、ウズベキスタンの強烈な陽射しは、体力を奪うのに十分であった。今振り返れば、胃腸に対するこうしたボディー・ブローが放たれていたのだ。
 ウズベキスタンでは、B&Bに滞在している。そのため、朝食をしっかり食べて昼食代を節約し、空腹感マックスで夕食時を迎えて、夕食をしっかり食べるという構図ができあがっていた。この構図が、弱った胃腸をさらなるダメージを与えたことは想像に難くない。

 こんな弱り切った胃腸にとって、ブラハの宿の生水は受け入れがたかったようである。更に、仕方がなく購入した安煙草が、想像以上に酷いものであった。これらの要素は、胃腸をダイレクトに崩壊に導いていった。
 更に、ドゥシャンベでの自炊生活が終了したため、本格的に中央アジアの食生活に浸らなくてはならなくなった。この食事が、胃腸にやさしいとは思えないものばかり…。更に、決して美味いとは言えない…。ああ、美味い飯が懐かしい…。

 と、こんなわけで、オリエント伯爵の胃腸は、再び崩壊したのであった。前回の崩壊はインドのアウランガーバード(Aurangabad)から始まり、インドのプリ(Puri)・コルカタ(Kolkata)で回復に向かい、最終的には中国で終了した。回復のポイントになったのは、やはり“飯”である。
 胃腸崩壊の中央アジア編では、どこまで行けば胃腸にやさしい飯にありつけるのだろうか…???それにしても、胃腸が痛い…。

 ちなみに、ブハラからヒヴァまでの移動はイージーそのもの。なんたって、乗用車に乗っていれば到着するのだから。加えて、今回はヒヴァの宿までブッキング済み。
 すべては、ブハラの宿のオバちゃんを信じての行動。人柄には問題がないオバちゃんだけに、移動もヒヴァの宿も問題がなかった。まあ、乗用車のドライバーは、隙があれば、我々から金をふんだくろうとしていたけれどね。
 

 
ブハラ ブハラ→ヒヴァ ヒヴァ
 

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