世界旅HOME   中央アジア   キルギス   2012年7月  
 
ビシュケク ビシュケク→トクマム
→ビシュケク
ビシュケク
 

 

キルギスの平原



アク・ベシム遺跡



ブラナの塔


ブラナの塔の内部
 今日は土曜日なので、日本大使館へ行くことはできない。ミッションはゼロだったのだけれど、遺跡好きのAyyaさんがビシュケク近郊の遺跡に行くということでご相伴に預かることに!!!
 Ayyaさんを隊長に、Mooさん、Inoさん、オリエント伯爵の4人は、遺跡へのショート・トリップに向かう。マルシュルートカと呼ばれるバスに乗り、まずはトクマムの街へ。ここで、タクシーをチャーターすることにする。値段交渉に4人もの人数は不要なので、主役ではないオリエント伯爵は“お任せ”することにする。

 最初に訪れたのは、「アク・ベシム」という遺跡。オリエント伯爵にとっては土の塊としか思えないのだけれど、遺跡好きのAyyaさんには違う何かが見えているのだろう。飽きることなく、周辺を散策していた。
 続いて訪れたのは、「ブラナの塔」。この塔は、内部にある螺旋状の階段を登って、てっぺんまで行くことができた。その階段には味があり、てっぺんからの景色も素晴らしかった。

 現在キルギスという国が位置する地域は、かつて、遊牧民が打ち立てた国家が支配する地であった。古い順に、匈奴・突厥・回鶻(ウイグル)・蒙古(モンゴル)という国々の支配地となっていった。どちらの遺跡も、蒙古が支配する前のものであり、現在のキルギス人が建てたものではないとされている。
 そもそも、中央アジアの地は、遊牧民が暮らしていた場所である。彼らは定住生活を営まないので、居住地が一定しないのである。更に、より良い土地を求めて、大規模な移動を繰り返すことも珍しくはなかったであろう。また、遊牧民であるがために、部族意識が強く、1つの国家をつくることが少なかった。そのため、民族の歴史が、よく分かっていないため、詳細な居住地が特定できないという側面もあるようだ。

 宿に戻って、またまた自炊生活!少しずつ、他国の調味料の扱いに慣れてきた。しかし、他国の缶詰には、まだまだ慣れていない…。今日使った牛の絵が描かれた缶詰は、想像以上に油っぽくて味はイマイチ…。なかなか難しいものである!!!
 今夜はInoさんのラスト・ナイトということで、夜遅くまで宴を催す。楽しい時間を過ごした。まだ20代前半なのに、何時か何処かで再会したくなる魅力をもった人であった。
 旅の途中で会う人たちをみていると、自分自身の若いころが“お子ちゃま”だったと思えて仕方がない。でも、時計を巻き戻すことはできないので、せいぜい、今を素敵に生きるしかないですね〜!!!
 

 
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