世界旅HOME   中央アジア   キルギス   2012年7月  
 
ビシュケク ビシュケク ビシュケク
 

 



モスクと教会

この国の宗教人口は
イスラム教徒 75%
ロシア正教 20%
宿の近くにあるモスクからは
時間になると
アザーンが流れる
ちなみに
アザーンとは
礼拝への呼びかけ
でも
この国の人々は
宗教に関して厳格ではない
アルコール飲料は
普通に販売している
ラマダーンなのに
普段の生活と変わらない
 今日のミッションもゼロ…。同行者探しという、地味な活動をするだけである。しかし、チベットと違い、同行者がいなくても次の目的地に向かうことはできる。出発日を決めるのは、自分次第なのだ!!!と、思っていた…。どうやら、ことは、そう簡単には運ばなくなったようである…。「タジキスタンで紛争勃発」。
 ビシュケクに到着した日から、「キルギスとタジキスタンの国境がクローズしている」という情報があった。しかし、その時には、国境付近で外国人が殺されたからという理由であった。昨夜の段階で、理由は「タジキスタン国内で紛争が発生しているようだ」というものに変わっていた。
 更に、本日になると、「ホログ(Khorugh)での将軍殺害を契機に、政府軍と反政府軍の紛争が発生。現在、紛争地域はゴルノ・バダフシャン自治州全土に及んでいる。」という情報に変わっていた。国境閉鎖も依然継続中とのこと。
 ちなみに、ゴルノ・バダフシャン自治州とはパミール高原に位置し、ホログは同自治州の州都である。そして、オリエント伯爵が通ろうとしているルートである…って、そりゃマズいだろう!!!このままでは、このルートを通ることは不可能である。

 こうした事態を受けて、午後からは情報収集のために日本大使館へと向かうことにする。査証受領のために、他国の大使館を訪れたことはあるけれど、日本大使館を訪れるのは初めてである。
 『地球の歩き方 シルクロードと中央アジアの国々 09〜10』に掲載されている地図を頼りに、日本大使館へと向かう。さすがに、自国の大使館の位置を誤って掲載していることはないであろう。地図に掲載されている場所に行ってみると、日本大使館はなかった…。
 後で分かったのだけれど、2010年9月30日に日本大使館は引越しをしたらしい。これでは、到着できるはずがない…。この時は、引越しの事実は知らなかったのだけれど、こんなことは今までよくあったこと(それでガイドブックと呼んでいいのか…?)。ダメージはなく、「あっ、また違ったのね〜」てな感じで日本大使館へ行くことは断念することに…。もちろん、歩いている人に聞いてみたのだけれど分からなかったのさ!!!

 宿に戻る途中、ハイアットホテルでインターネットを試みる。昨日、同部屋の日本人から情報をゲットしてた。情報どおりに、無料でインターネットに接続完了!!!ただし、この方法、イリーガルである可能性もあるので…。
 なにはともあれ、HPのアップ、FacebookとCouchsurfingへのログイン、出入国情報メールの送信を終える。もちろん、タジキスタン情報の入手も試みるけれど、この時点ではネット上には日本語の情報は皆無…。タジキスタン大使館のHPも、平穏そのものの内容だった…。
 

 
ビシュケク ビシュケク ビシュケク
 

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