世界旅HOME   南アジア   モルディブ   2012年2月  
 
ポロンナルワ→クルネーガラ
→ニゴンボ→フルレ
フルレ→マレ マレ→ビリンギリ→マレ
 

 

フルレ島か明るくなり始める



フルレ島からマレ島を眺める



モルディブの夜明け



この木材でボートを造る



沖には船がステイ
水平線上に黒く見えるのが船
 係官に詰問されることもなく、朝を迎えることとなった。都合の良いことに、テレビではサッカーの試合を放送していたので、朝まで飽きることはなかった。空港ではシャワ−を浴びることもできるので、ちゃっかりと利用させてもらった。こうしてみると、なかなか充実した一夜だったように思える…。
 6時頃に、やっと空が明るくなり始めた。マレ島も見えてきた。よし、マレ島に移動しよう!!!
 船着場に行き船賃を聞くと、10モルディブ・ルフィアか1アメリカ・ドル…。あまりにも、アメリカ・ドルだと不利な価格設定…。1アメリカ・ドル=15モルディブ・ドルぐらいが相場なのに…。そのように価格が決まっているようで、交渉の余地はない(してみたけれど…)。ATMがカードを受け付けてくれていたら…。

 1アメリカ・ドルの航海の末、マレ島に上陸。さあ、宿さがしである。船が着いたのは島の東側。めざす宿(係官のお勧めの宿)は島の西側。マレ島横断徒歩の旅が始まった。
 ところが、横断してみたものの、宿など影も形もない…。おいおや、ロンリープラネット(有名なガイドブック:全部英語!)様、それはないんじゃないの〜。ガイドブックが古かった(2006年版)のが、原因かもしれないのだけれど…。
 そこらじゅうを歩いてみたものの、宿は見つからない。少し離れていたけれど、Blue Diamond GHという宿をめざしてみる。やはり見つからない。「あれ、でも、この建物、外装が青いぞ!」という、単純な理由から勝手に判断して、階段を登ってみた。アタリだった!!!
 しかし、改装工事のため、結局は泊まることができない。1部屋開いているものの、ワーカーが窓の外で作業をするで、オーナーが安全ではないと判断したのだ。貴重品の管理くらいしますよ…。
 すると、そのゲストハウスの方(オーナーではない)が、一緒に宿さがしを手伝ってくれる。どうやら、マレ島のゲストハウスは、看板が出ているもののほうが少なく、地元の方にしかゲストハウスの場所が分からないようになっているようだ。いくつも当たってみたものの、すべてフル…。観光客は泊めてはいけないことになっているとの話もあり、本当にフルだったかは謎…。ゲストハウスの方は、申し訳なさそうに戻っていく。
 「こりゃ、地元の方に助けてもらわないと泊まれない」と認識を新たにしたオリエント伯爵。早速、1人の方に声をかける。すぐに教えてくれるものの、鍵がかかっている。モルディブは、金曜日と土曜日が休みのため、土曜日の朝は遅いらしい…。

 ここで、アブドルさんが登場する。一目見て宿さがしをしていることが分かるオリエント伯爵に声をかけてくる。こういう時の対応は、人それぞれだし、ケースバイケースだろう。オリエント伯爵は、この人についていくことにした。
 相当歩きまわった末、アブドルさんの知り合いの、マノさんの部屋(1部屋にベッドが8つ入っている)に滞在することができた。マノさんはタミル系インド人で、現在、モルディブで仕事をしているようだ。部屋に泊まっているのは、もちろんすべてタミル系インド人。宿泊費は破格のプライスである。

 宿が決まって落ち着いたので、ATMに再挑戦するも、やはり受け付けてくれない。ここは諦めて、アメリカ・ドルからモルディブ・ルフィアに両替することにする。
 アブドルさんが教えてくれた店(果物屋さん!)で両替すると、1アメリカ・ドル=16モルディブ・ルフィア。えっ、相場よりも率がいいことになってますけれど…。この1件から、モルディブには“闇為替相場”があるらしいことが推測できる。オリエント伯爵にとって損はないので、即決で両替をする。

 海岸沿いでボケ〜ッとしていると、木材を運んでいたトラック4台分の運転手がやってきた。この木材はインドネシア産で、なんと船を造るそうである。モルディブらしい使い道!!!
 運転手の方たちと1時間以上も話をする。なかなか興味深い話をすることができた。日本のことは好きなようで、消波ブロックを造ってくれたことへの感謝も述べていた。日本の得意の分野ですからね!港湾工事という無駄に思える(もちろん全てではありません)公共工事で培った技術が、こんなところで役に立っているんだな〜。
 沖にズラ〜ッと並んでいる船は、港に停泊しきれないのでステイしているとの話も聞けた。波の静かなことが多い、モルディブならではの発想だなあ!!!

 晩飯は、マノさんオススメの、宿の近くのレストランでフライド・ライスを食する。スリランカと比べると盛りが少なくなっている。“米”に対する執着が薄くなってきている証拠である。1つ海を隔てただけで、文化は少しずつ変化しているんだなぁ〜と感じた一幕であった。

 夜になると、ホリデーを満喫したタミル系インド人たちが宿に戻ってくる。8つのベッドがあるからオリエント伯爵を含めて8人が滞在しているというわけではないようだ。どうやら、オリエント伯爵が10番目の宿泊者となるようだ。
 オリエント伯爵にはベッドが与えられた。ということは、オリエント伯爵のせいで、1人が床に寝ることになってしまう。しかし、結果は、4人ほどが床に寝ていた。この辺りのルールは、よく分からない…。確実に言えることは、オリエント伯爵の登場で皆さんの日常が変化したこと。兎にも角にも、「申し訳なくもあり、ありがたくもある」と思うオリエント伯爵であった。
 

 
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