世界旅HOME   東アフリカ   モザンビーク   2013年10月  
 
マプト マプト マプト→シモイオ
 

 

シティ・ホール

デッカイ像が
社会主義時代の香りを
今に伝える



街の中にも
社会主義時代の
アパートメントと思われる
建物が見られる



でも
近代的な建物も
絶賛建設中



大型貨物船を
見ることもできる
 実質、今日は移動日。だけど、バスの出発時間は27時(翌3時)50分。というわけで、便宜上、今日もマプト滞在とすることに。この日は7時くらいには起床。なんたって、この宿、寝る時間が早いのだ。ヨーロピアンが多いのに珍しい。
 ヨーロピアンが多いといえば、この宿には、日本人もいないし、アジア人もいないし、アフリカ人もいない。アフリカに入って、ヨーロピアンが圧倒的多数を締める宿というのは珍しい。というか、そういう宿に、あまり泊まっていないというだけかも…(笑)。

 日本人がいないと思っていたら、1人発見!!!でも、旅人ではない。モザンビークで仕事をしているとのこと。お名前はFuuさん。この日は、Fuuさんと長い時間話をすることができた。ちなみに、お仕事をしているのに長い時間話をすることがのは、今日が祝日だから。どおりで、街が静かだと思った!
 Fuuさんには、この日にバス会社まで行くためのタクシーを予約してもらった。こうしたことが、心に染み入る。ありがとうございました。旅を始めたころは、現地に住んでいる日本人との相性がイマイチだったのに、中国の成都以来、そういう方との出会いも思い出深いものとなってきている。
 留学生、協力隊、駐在員、日本人だって世界に羽ばたいている(表現が古いなあ~笑)。まあ、数は少ないと思うけど…。海外に住んだ経験のあるオリエント伯爵としては、もっとたくさんの日本人が、世界に住んでほしいと思っている。

 ここモザンビークは旧ポルトガル領。なにかと問題の多い旧ポルトガル領の国々なんだけれど、モザンビークだって例外ではない。第二次世界大戦が終わり、アフリカ諸国にも独立の波が押し寄せてくる。しかし、ポルトガルは、植民地を「海外州」と名を変えて維持する政策をとる。
 しかし、現地に住む人々の同意なしで、このような政策が成功するバスはなく、1964年、エドゥアルド・モンドラーネに率いられた「モザンビーク解放戦線(FRELIMO)」が武力闘争を開始する。モザンビーク独立戦争の幕開けである。
 FRELIMOは、ソビエトや中国や東ドイツやキューバといった、当時の東側諸国からの援助を受け、ゲリラ戦を展開する。1967年には、国土の5分の1、人口の7分の1を掌握するに至った。

 1969年、FRELIMOのリーダーであるモンドラーネが、爆弾によって暗殺される。この暗殺により、後継者と考えられていた副リーダーで中道主義者のウリア・マシンゴが、強硬派によって逮捕監禁される。この後、モザンビーク独立戦争は、サモラ・マシェルが率いることとなる。
 ポルトガル本国は高い経済成長率を遂げていたものの、独立戦争に伴う軍事費の増大は不安要素となっていた。1974年、カーネーション革命と呼ばれる左派クーデターが勃発。権力はアントニオ・デ・スビノラ将軍が握ることとなった。
 カーネーション革命を受けて、モザンビーク独立戦争は休戦となり、同年のルサカ合意によって戦闘行為は終結した。こうして、1975年、モザンビークは独立した。

 モザンビーク初代大統領にはマシェルが就き、政党化したFRELIMOによる一党制社会主義体制が確立する。1976年には、白人国家ローデシア(現ジンバブエ)との国境を封鎖。これによって、モザンビーク経済は大打撃を受けることとなる。
 1977年、ポルトガル領時代の秘密警察(PIDE)を母体とし、ローデシア諜報機関によって結成された「モザンビーク民族抵抗運動(RENAMO)」によって「モザンビーク内戦」が勃発。1980年、ローデシアは黒人国家のジンバブエとなるものの、南アフリカがRENAMOを支援。内戦は泥沼化していくことなる。
 1986年、飛行機事故で急死したマシェル大統領の後、ジョアキン・アルベルト・シサノが大統領に就任。シサノ大統領は、内政では複数政党制の導入と社会主義政策からの脱却、外交では南アフリカとの交渉と西側諸国への接近を図る。
 こうしたシサノ大統領の現実的な政策推進により、1992年、ローマ和平協定が結ばれ、モザンビーク内戦は終結した。その後に行われた選挙では、シサノ大統領が再選されている。

 アンゴラとは異なり、和平協定締結後に内戦が再燃することもなく、モザンビークは順調に発展を続けている。シサノ大統領の政治力と合わせ、経済発展の原動力の1つとなったのが「モザール」という会社である。
 モザールは、1998年、UKのBHPビリトン(鉱業会社)が47%、日本の三菱商事が25%、南アフリカ開発公社が24%、モザンビーク政府が4%を出資して設立された。
 モザンビーク最大の企業であり、アルミニウムの精錬を行っている。モザールのアルミニウムは、モザンビークの輸出高の約6割を占め、年間成長率の約半分がモザールによるものと言われている。企業城下町という言葉が日本にはあるけれど、企業城下国といった感じだろうか???
 

 
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