世界旅HOME   西アジア   ヨルダン   2013年5月  
 
アンマン アンマン アンマン→ワディ・ムーサ
 

 

アンマン滞在中
お世話になった
チキンレバー・サンド



レセプションで
「ちびっ子と遊ぶ」の図



この日はWakさんが
旅立っていった
 朝起きて…えっ〜9時じゃんか!というわけで、この日の世界遺産行きはナシ。偶然にドミを1人で独占状態となったために、ゆっくりと寝てしまったようだ。まあ、この世界遺産に行くのは諦めるとしよう…。
 こうして、この日もダラダラと宿で過ごすことになった(笑)。午後になってから、TdさんとTshiさんと再会。イスラエルから戻ってきたのだ。しかし、夕方には、WakさんがUAEに向かって旅立っていった。出会いと別れはつきもの。とはいえ、別れは淋しいものである。
 普通ならイライラしてもおかしくなかった、イスラエルからヨルダンまでの移動。Wakさんと一緒だったおかげで、楽しいものになった。ホントに、出会いって偉大である。Wakさん、ありがとうね!!!

 このヨルダンという国、歴史的にはシリアの一部。しかし、第一次世界大戦後のオスマン帝国の解体によって、シリア、レバノン、パレスチナに分割される。シリア、レバノンがフランスの委任統治領になり、パレスチナはイギリスの委任統治領となった。
 その後、イギリスは、パレスチナからトランスヨルダンを分離させ、アブドゥッラー1世を国王に据える。アブドゥッラー1世によって、現在のヨルダンの基盤が整った。
 アブドゥッラー1世は、ユダヤ人の入植に対して、比較的寛容だったと言われている。そのアブドゥッラー1世の下、1946年5月25日に独立を宣言する。
 アブドゥッラー1世は、1951年7月20日、エルサレムで暗殺される。第2代国王には息子のタラール1世が即位。しかし、タラール1世は問題の多い人物だったようで、議会によって退位させられた。第3代国王には息子のフセイン1世が即位。フセイン1世は、1952〜99年の長きに渡ってヨルダンの国王を務め、ヨルダンを発展させ安定させた。第4代国王には息子のアブドゥッラー2世が即位している。アブドゥッラー2世も、ヨルダンの発展と安定に務めている国王といえるようだ。

 そんな国王に恵まれた国であるヨルダン。この日は、ヨルダンの首都であるアンマンの上空を軍用機が何度が飛行した。昨日、イスラエルがシリアを空爆した影響であると思われる。
 やはり、オリエント伯爵にとって、イスラエルという国は永久に好きになれない。他国を勝手に空爆する国なんて、信用できるはずがない。更に苛立つのは、日本も含めて、こうした行為に対してアラブ諸国以外の国際世論が非難することはないという現実である。
 世界の無法者、世界の厄介者、世界の常識知らず、世界の嫌われ者…残念ながら、オリエント伯爵にとってのイスラエルおよびユダヤ人は、こんな認識である。
 

 
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