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この日も、ダラダラと起床。降り続いた雨は上がったけれど、まだ曇りがちな空模様である。ほんと、おそろしいほどに、なにもする気が起きない…。今までの街で、この感覚まで落ちたことはナイ。今、バイオリズム曲線とか見たら、底辺を這いまわっているんだろうなあ〜。 2日目に続き、この日も宿から1歩も出ずに、1日を終えた…。何をしているというわけでもない1日が終わっていく…。
セルビアを含むバルカン半島には、南スラブ人が多く住む。かつて、この地には、「南スラブ人の土地」という意味の「ユーゴスラビア」という国が存在した。 第一次世界大戦の終結によって、バルカン半島における大勢力であったオーストリア・ハンガリー帝国は解体された。それに伴い、南スラブ人の国をつくろうという気運が高まり、「ゼルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国」が誕生した。正直、名前から見ても、あまり機能する国とは思えない…。 実際、この国は、セルビア人とクロアチア人が反目を重ねただけと言ってもいいだろう…。結局、セルビア人勢力主導のまま国は運営され、国名は「ユーゴスラビア王国」と変わった。ちなみに、国名が変わっても、セルビア人の国であったことは変わらなかった。
第二次世界大戦が勃発すると、政府は親ドイツ路線を採るもののクーデターにより政府は瓦解。新政府はドイツの侵攻を防ぎきれず、ロンドンに亡命政権を樹立。 一般的には、ドイツ派(ウスタシャ)と亡命政権派(チェトニック)の争いになりそうなものであるけれど、最終的にこの地の勝利者となったのは、ヨシップ・ブロズ・ティトー率いるパルチザン勢力であった。 なお、ティトーが存命中は、南スラブ人としての国家は存在できたものの、彼が死去すると存在することはできなくなったのは、すでに書いているとおりである。
ああ…なにかを調べても、面白くない。だから、こんな中途半端な内容にしかならない…。 |
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