世界旅HOME   中央アジア   キルギス   2012年8月  
 
ビシュケク→[車内]…オシ ビシュケク…[車内]→オシ オシ
 

 

不思議な夕食タイム
Oniさんと従業員の方と









オシの青空バザール
果物・野菜・穀物
たくさんの商品が
売られている
 ステップワゴンは、夜中の24:00過ぎに夕食タイム…。完全に、なにかがおかしい…。日本人4人も、周囲に合わせて、夕食(?)を食べることにする。ここでの夕食は、肉々しい料理。遊牧民族キルギスらしい食事であった。
 夜明けくらいに、Mooさんが途中下車。恋の行方をはっきりさせるために、ある街に向かうらしい。成就を願うものの、現実的には難しいと思うオリエント伯爵であった…。あまり安全とはいえない地域なので、身体の無事を願うとともに、オシでの再会の時を待つこととする。
 その後、ロシアで2年仕事をしていた青年が下車したり、自動車の部品を降ろしたりして、朝方にオシの街に到着。約12時間の移動であった。

 Itaaさんは、オシには滞在せずに、そのままウズベキスタンへ向かうとのこと。再会と旅の無事を願って別れる。オリエント伯爵は、Oniさんと宿を探す。やっと宿を見つけてチェック・イン。
 オシの街は、中央アジア最古の植民都市とされる。シルクロードの拠点都市でもあり、フェルガナ盆地の東部に位置している。オシはキルギスにありながら、ウズベク人の街である。フェルガナ盆地に位置していることも考えると、100%ウズベキスタン領となるべき街であった。オシがキルギス領となったのは、ソビエトの無茶苦茶な理論のためである。
 こうした無茶苦茶な理論のツケは大きく、オシの経済発展に大きなマイナスとなっている。また、当然に民族対立が発生し、1990年にはオシ暴動により約1000人の犠牲者が、2010年の暴動では約100人の犠牲者が出たとされる。
 こうした背景を受けて、外務省ではオシの街を、危険度が2番目に高い「渡航の延期をお勧めします」というカテゴリーとしている。ただし、街を歩いた限りでは、殺気立った感じを受けることはなかった。

 Oniさんと昼食を食べに向かう。ビールを飲みながらのラグマンは、美味かった。やはり、地元の料理が最高だと再認識するオリエント伯爵であった。
 その後、宿を探す途中で通った青空バザールへと向かう。メロンが大好きなOniさんは、ここでもメロンを購入!!!青空バザールを後にして、宿に向かう。宿で軽くお昼寝タイム!!!
 昼寝から覚め、同じ宿に宿泊しているスロバキア人のオロリンさんと仲良くなる。スイカをご馳走になった。無茶苦茶に美味かった。日較差と少雨は、果物を美味くさせることを実感。

 Oniさんと夕食を食べに宿を出る。宿の近くで、ラグマンと牛肉串を食する。オリエント伯爵がビッグ・マネーを持っていないことを知ると、ビールをご馳走していただいた。その後は、水もご馳走になった。
 夜遅くに、アルピニストの一行が宿にやって来る。なかなかに、低モラルの集団である。しかし、それ以上にオリエント伯爵を悩ませたのは、オシの“蚊”である。とにかく、しつこくて素早い。
 明け方になって、アルピニスト一行が宿を出ていって、扇風機を近くに持ってきてから、ゆっくりと眠ることができた。扇風機が蚊よけとなる国は、意外と多いのである。
 

 
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